テレビもWebもコールセンターも営業も、1チャネルとして最適化
江川:井原さんはどのようなデータドリブン施策を展開されているのでしょうか?

井原:「Airレジ」を例にすると、BtoB向けの分、BtoCあるいはCtoCに比べるとアカウント数が少ない。売上に対するインパクトという意味で、1アカウントあたりの比重が重いのです。なので、1アカウントあたりの行動より細かく見ていると言えるかもしれません。
ユーザージャーニーの節目としては、「アカウント登録するまで」と、登録後に「アクティブ化するまで」の二つがあります。過去のデータによる機械学習をもとに、各アカウントの行動データをふまえて「このアカウントはアクティブ化まで行きそう」「ちょっと触ったけれど、じきに離脱しそう」といったステータス評価をしていました。

Web広告、テレビCM、新聞広告、交通広告と同様に、対面営業やコールセンターからのコール、チャット、ダイレクトメールも一つのチャネルとして捉えています。それらすべての流入経路から、「どのチャネルだと流入しやすいか」「離脱につながりやすいか」「アクティブ化に発展しやすいか」などを見て、カスタマージャーニーの最適化を図っています。
Airレジは「レジ」ですので、マニュアルを送付するとアクティブへと転じる確率が上がりやすいんです。あとはエリアと時期の組み合わせも見ながら、「テレビCMで流入した人にマニュアルを送るとアクティブ率は?」といった場合分けをして、アクティブになりやすい動線を探ります。
鋤柄:流入経路の判定はどうしていますか? WebやDMは判定しやすいですが、それ以外のテレビや新聞などは、どうやって判断するのでしょうか。
井原:一度は、「テレビCMを放映した翌日から流入した人はどのように行動するのか」などと細かくセグメントを切ってみたものの、追いかけてみてわかったのが、すべてやると運用が回らずROI上割りに合わないということです(笑)
そこで、チャネル単位での最適化としては、アカウント登録完了後のアンケートで「どのチャネルから流入したのか」をたずねるので十分、という判断にたどりつきました。
個別のCMなどの効果測定としては、「CM放映日や翌日にアカウント登録が増えているのか?」を確認することにしました。「そのCMでアカウント登録した人の行動がどうだったか」という粒度まではデータドリブンを突き詰めない、というROIをふまえた判断をしたわけです。
どこまでデータドリブンにするか、どこで止めるか
江川:お二人の話から、オフラインのデータドリブンをどこまで突き詰めるか、どこでストップさせるか、という問題が浮かび上がってきます。
井原:アトリビューション分析はいくらでもやれてしまうだけに「必要なレベルまで分析したらそれ以上は一切しない」という意思をこの時は社内で決めました。
Airレジは、店舗現場で全店員に新しいレジの使い方が浸透するまで、リプレイスできません。アカウント登録から運用まで時間がかかる分、イベントトラッキング的な条件分岐はいくらでも作れてしまうんです。
アトリビューション分析は一定のレベルで止めている一方で、アクティブ化予測には細かな条件分岐をフル活用しています。
アカウントごとに「アカウント登録後1週間でテストを実施したか」「アカウント登録後2週間でテストを実施したか」などといった分岐データを細かく集めていき、決定木分析を行ったり、機械学習を使ったりして、「アクティブ化予想率」を弾き出しています。1ヵ月後の売上予測はかなり精緻に実現できています。

鋤柄:メルカリでは、オフラインにはデータが取りやすい施策と取りづらい施策があるという前提で、取りづらい施策は最初からデータを見ないと決めています。たとえば、イベントでのPRですね。
冒頭でもお話したように、こうした施策ごとの「データを見るか見ないか」についての社内コンセンサスが重要です。データが取りづらいPRやブランディング施策に根拠を求めすぎて、結果として取り組めなくなるようでは全体最適につながらないからです。
江川:テレビCMについてはいかがですか?
鋤柄:メルカリの認知が少なかった初期の頃は、新規ユーザー獲得(アプリのダウンロード)と認知率向上がテレビCMの目的でした。テレビCMを放映する期間と放映前の期間を比べるとデイリー平均のダウンロード数の差が明確なので、その差分をテレビCM効果としてCPI(Cost Per Install)を算出していました。
ただし今は、テレビCMのCPIは見ていません。3年前と違って1日のインストール数が格段に増え、放映前後の差分が相対的に小さくなっていますし、過去の出稿の残存効果もある中で、短期的なテレビCM放映による認知向上~インストールの数を読み解きづらくなったからです。
また、認知が広がってユーザー数も大規模になった今、テレビCMの目的は認知や新規獲得だけでなく、新しい使い方を示すことによるリテンション(既存ユーザーの活性化)にまで広がってきています。おまけにオンライン出稿、リアルイベントも定常的に実施している現状にあって、CM「だけ」を切り出してCPIを測ることには限界があります。
井原:CPIが測りづらい施策の場合、何をやるか、やるかどうかは上のレイヤーにいる人たちの一存で決まるんですか? それとも現場レイヤーの人たちで決めるのですか?
鋤柄:メルカリはまだまだベンチャーですので、現場発信で社長のOKが得られればすぐ進められます。ただ、判断基準は明確に設けるようにしています。
たとえば、イベント協賛やPRイベントにおける実施有無の判断基準は厳格で、芸能人の方にイベントへ参加していただく際は、実際にメルカリを使って商品を出品する一連の流れが伝わる見え方だとOKですが、ロゴやサービス名が露出されるだけならNGです。数値で測りずらい施策だとしても、メルカリのサービスとしての魅力が伝わる露出になるかどうかは意識するようにしています。