マーケティングリサーチとビッグデータ分析
加治慶光(以下、加治):楽天リサーチという名称から「楽天インサイト」に改められ、御社が提供する価値を明確化したのはとても時流に合っていると思います。手法にこだわらず、従来型リサーチを通じて得られる意識データの分析も様々な行動履歴データの解析も行い、生活者インサイトを探っていくのですね。
田村篤司(以下、田村):ええ。データ量は爆発的に増えていますが、断片化していては、そのポテンシャルを活かせません。ですからまずは、データの分断を解消するのが第一歩です。その上で、多様なビジネス領域をカバーする楽天グループの「楽天ID」は我々の大きなアセットなので、このシングルソースの多種多様な行動データを基盤に、深い意識データも併せて洞察していく。そうすることで、これまでつかめていなかった生活者の実態を明らかにしようと考えています。
シーズをビジネス開発につなげる
伴果純(以下、伴):興味深いのは、意識データと行動データを掛け合わせて生活者を分析すると、誰がイノベーターなのかがわかることです。イノベーターを理解することは、市場創造のきっかけにつながります。製品開発でも広告コミュニケーションでも、マーケターにとって最初に追うべきイノベーターを把握することは非常に有効ですが、一定人数以上になると誰がイノベーターかを把握するのは非常に難しくなります。しかし、二つのデータを掛け合わせることで、それが可能になると思っています。
田村:伴のアイデアで今、イノベーターを特定し、分析をしていますが、行動の違い以前に、彼らはやはり新しいものに対する意識が非常に強い。商品カテゴリーごとにイノベーターを特定できれば、そこから次の層、その次の層へと広げていく市場拡大のプランを精緻に描くことができます。
加治:そうすると、さらに新しい可能性が開けますね。というのは、彼らのインサイトから、商品開発のみならず、技術開発や研究開発、R&Dの部分に活かせる“シーズ”を見つけられるだろうと思うからです。それはすなわち、生活者ニーズインサイトをマーケティングプロセスの最上流に投入することになります。
伴:まさに、その部分に対する企業の要望がすごく大きくなっています。どの業界の商品もコモディティ化し、次に何を提供すればいいのかと、多くのメーカー企業が悩んでいます。そこで商品開発やR&D、事業開発などの部門に、独創的、且つ刺激的なインサイトを提示できれば、市場開拓の可能性が広がると思います。
イノベーターから広げる情報設計
加治:なるほど。となると、最上流にイノベーターのインサイトを投入し、商品やサービスの開発を進めながら、一方でイノベーターからアーリーアダプター、アーリーマジョリティーへと拡散する情報設計を組み、いざ市場へ打ち出すという一貫したプロセスが実現しますね。それを支えるのが膨大なデータプールと包括的なマーケティングリサーチだと。
伴:それが理想ですね。自動車でも、商品企画段階で最先端の人の意識を捉えようとしていましたが、3~5年がかりで開発した商品をいざ発売する時には、イノベイティブな彼らだけではなくもっと広い層へ商品情報が拡散しないと、セールスの量が成り立ちません。イノベーターだけでなくそのほかの層、つまりフォロアーとなるマジョリティ層を特定でき、さらに情報のつながりを解き明かせれば、一貫性を保って上流と下流の両方のサポートができるはずです。
加治:特にこの10年、iPhoneの登場を皮切りに、LINEなどの新興サービスのペネトレーション(浸透率)のスピードがすごく速くなっていて、イノベーターが飛びついたと思ったらあっという間に次の層に広がるようになっています。だからイノベーターとアーリーアダプターの境目が、ほとんどなくなっている。
伴:それは、我々のデータ分析とも合致しています。商品カテゴリーによっては、もう分ける必要がないかもしれませんし、それぞれの層の意識も変わっているかもしれません。そのあたりもデータ分析から明らかにできると思います。
マーケティングプロセスの分断
加治:伴さんは私と同じく日産自動車に勤められていましたが、そのあとアパレルのご経験もあるんですね。マーケティングプロセスを通じたデータ活用という観点で感じられていることはありますか?
伴:私がいたのは、アパレルの中でも仕入れ販売業ではなくSPA(製造小売り業)でしたので、商品開発から販売までのサイクルが非常に速く、開発期間が年単位の自動車業界とは全然違いましたね。上流で、ブランドポジションやターゲットセッティング、カスタマーペルソナを細かく設定しても、いざ売る段階になると、設定している様々な前提は広告発信やダイレクトメール、CRMプログラムなどにフィットせず、結局、日々の数字に追われる。そのため、とりあえず目先のお客様からの売り上げを“刈り取る”ことに必死になってしまっていました。
加治:上流で立てたプランが、どこかへいってしまう。
伴:残念ながら、そうなのです。売り上げ数字が様々な戦略、施策の結果であり、目標として大事なことには間違いないのですが、ブランド戦略、マーケティング戦略に基づいて決定したターゲット顧客のLTVを最大化しようとしているはずが、それを一貫して下流まで反映するのが難しかったですね。原点回帰ですが、やはりコミュニケーション戦略も長期的な視点に基づいて設計し、上流から下流まで徹底した上で、きちんと戦略どおりのターゲット顧客に、適切なアプローチができているのか? 売り上げが伸び悩んでいるのであれば、それはお客様のパーチェスファネル上、どこにボトルネックが発生しているのか? それらを把握し、最終成果として売り上げがどうなっているかを見極める必要があると思います。
リサーチパネルとビッグデータの紐付け
田村:そこに貢献するために、生活者分析・商品開発などマーケティングプロセスの上流で使われがちなリサーチパネルと、広告宣伝・販促といった下流で使われがちなビッグデータの両方を活用し、つながりをもって分析しようとしています。さらに、下流だけ取っても、デジタルな行動ログデータだけでなく、最終的なコンバージョンまでの間にあるブランド好感度や購買意欲といった意識データをリサーチで取得しながらマーケティング効果を測定することが求められると思います。
加治:なるほど。リサーチパネルとビッグデータの紐付けというのは、楽天グループのIDがあるからこそできることですね。
田村:ええ、こういう形のデータ活用を可能にしている会社はガーファーであれ世界的にも例がほとんどない、我々ならではのユニークネスだと自負していますし、独自の統合マーケティング支援ができると思っています。
加治:特にマスメディア広告投資のROIは、最後に残された暗黒の大地なので、可視化の意義は大きいと思います。
田村:今はテレビ広告とデジタル広告のデータの統合や、オンラインとオフラインの購買データの統合なども起こりつつあります。すると、それらのデータを人ベースで統合した上で、効果測定を行い、効果を最適化していける可能性があると思います。ただしそのときに必ず守りたいのは、企業の論理で押し付けるようなコミュニケーションを避けることです。
信頼形成のための3つのルール
加治:その姿勢には強く共感しますね。データドリブンマーケティングが本格化して成功するかどうかは、生活者の信頼の獲得と表裏一体です。
田村:加治さんは、その際にどういったことが重要だとお考えでしょうか?
加治:主に3点あります。まずデータのセーフティー、絶対に漏洩しない安全性です。これは何に置いても大前提です。次に、データを活用するプラットフォーマーがアノニミティ(匿名性)を担保していること。個人が特定されない形で活かされることですね。そして3つ目は、前述の2つをしっかり生活者に説明し、約束していることです。これらがセットにならないと、信頼は生まれません。逆にこの3点が守られれば、データによってもっと効率的で効果的なコミュニケーションを組み立てられると思います。
田村:そういった生活者との信頼基盤のうえに、マーケティングの本質である顧客創造とマーケティング効果の最大化に貢献したいですね。我々は、生活者に協力をいただき、情報をいただいて分析をしたうえで、インサイトの発見を企業と一緒に考えてゆく。そのインサイトをもって、企業活動が本当に生活者のためになるようにする。そうすることで、社会をもっと意味があるものにする、それが我々のミッションです。ですので、データ活用においても、生活者の行動と、心情・意識との両方を捉えて、生活者からの信頼を得られるマーケティングを支援していきたいと思います。
伴:楽天インサイトに参画する以前は、「生活者はこう思っている」と確答を出すこと、つまり「生活者の代弁者」となることがマーケティングリサーチャーの役割であると捉えていたところがありました。しかし、今後は、具体的にどうすれば、お客様と信頼を形成しながらマーケティングの成果を上げられるのか、という視点を含めて、クライアント企業のサポートをしていきたいと思います。
アクセンチュア株式会社 チーフ・マーケティング・イノベーター 加治 慶光
青山学院大学経済学部卒業。富士銀行、東急エージェンシー・インターナショナル、レオ・バーネット協同を経て、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA修了。日本コカ・コーラ勤務の後、タイム・ワーナーで映画宣伝部長、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントで、バイス・プレジデントマーケティング統括などを歴任。日産自動車にて高級車担当マーケティング・ダイレクターを務める。2016年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会にエグゼクティブ・ディレクターとして出向。内閣官房官邸国際広報室参事官を経て、現職。文部科学省参与も務めている。
楽天インサイト株式会社 代表取締役社長 田村 篤司
2002年に東京大学法学部を卒業後、米国系総合金融グループであるシティグループ(東京)に入社。シティバンク銀行及び日興シティグループ証券にて、主に投資銀行業務に従事。2009年ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA取得。米国系戦略コンサルティング会社であるブーズアンドカンパニー(東京)での勤務を経て、2012年に楽天インサイトに入社。楽天インサイトでは、分析組織の強化を進めながら、海外リサーチ事業の強化(海外10拠点)、ビッグデータ分析組織の設置や広告事業との提携などを手がける。2016年より現職。
楽天インサイト株式会社 事業企画部 部長 伴 果純
米国系ビジネスソリューションベンダーのSAS Institute Japanにて、ビッグデータ分析業務に従事した後、日本コカ・コーラ、日産自動車にてマーケティングリサーチ及びグローバルマーケティング戦略策定を担当。MarketShare社(本社:ロサンゼルス)ではマーケティング投資配分の最適化、マーケティング・メディア戦略のコンサルテーションを提供。アダストリア(本社:東京、アパレル製造小売業)のマーケティング部部長、CRM部部長を経て、2017年より楽天インサイトへ参画。関西学院大学社会学部(社会心理学)卒業、滋賀大学大学院経済学研究科修了(経営学修士)。