デジタル・リアルをつなぎ、顧客体験を向上できるかが勝負
デジタルマーケティング「ブーム」の揺り戻し現象だろうか。デジタルチャネルだけのマーケティングでは限界があり、リアルなチャネルと統合したマーケティングが重要だという議論が盛んになっている。
この変化はお客様が、デジタルでの体験とアナログの体験がつながっていて当たり前だと感じ始めていることと無縁ではない。いまやチャネルをまたいだ「おもてなし」に対する期待値は上がる一方なので、デジタルマーケターはデジタルとリアルにおけるコンタクトポイントに対する俯瞰的な視点を持つ必要に迫られている。
その背景を、ビービットの代表取締役の遠藤直紀氏は次のように解説する。
「少子高齢化が進む日本では、多くのビジネスが「商品の売り切り」型のモデルで売上を大きく伸ばしていくことは難しく、今後は継続的に商品やサービスを購入してもらうモデルに移行していくと考えています。そのようなビジネスでは、長期関係性を構築することが求められています。
顧客との長期的関係性を構築するというと、サブスクリプション(※)型のソフトウェアサービスなどを想像しがちですが、通販・小売などの継続購入が重要なサービス、検討期間が長い金融・不動産商品も対象になります。
たとえば保険商品にしても、初回の契約をして終わりではなく、その後のサポートサービスまで含めて『商品』として認知します。そのため、契約を継続してもらうには、契約前→契約→契約後に至る全プロセスで、デジタル・リアル問わず、『良い体験』を創出することが求められます。この傾向はどの業種でも同じです」
最近ではカスタマージャーニーをまとめる企業も多いが、「その多くは事実に基づかない幻想」(遠藤氏)であり、特にデジタル・リアルをまたいだ施策を行う際には、企業の大切な資源配分をかえって迷走させかねない。だからこそ、「デジタル・リアルチャネルでのデータをつなぎ、顧客体験の向上のために上手く活用する必要がある」と指摘する。
しかし、顧客体験を最適化するために、デジタル・リアルのデータをつなぐといっても、何をすればよいのだろうか? 遠藤氏はデジタル先進国の中国での取り組みにそのヒントがあるという。
医療相談アプリで顧客の通院行動を把握する保険会社
経済発展めざましい中国だが、いまや都市部ではデジタルシフトが世界の中でも進んでおり、日本からの視察がブームとなっている。
「上海ではスマホ普及率が97%にも及び、誰もがモバイルペイメントを利用しています。そのため、デジタル・リアルの壁はなく、顧客の購買行動はデータ化され、体験の向上に活用されています」
もちろん、社会情勢や人口規模が異なる中国で、その事例がそのまま適用できるわけではないが、データ活用の手法はヒントになるという。
「金融コングロマリットの平安保険グループのデータ活用は参考になります。平安保険では、自身の金融サービスに関するアプリだけではなく、周辺生活に関わるアプリを多数出しています。
グッド・ドクターアプリがその典型例で、その場でスマホから医者のアドバイスがもらえるなどのサービスが受けられるアプリです。このサービスの特徴的なところは、アプリから「医師に子どもの病気の相談予約をした」という行動がタイムラインで営業担当も把握できるようになっていることです。
もしそのような相談をすれば、営業担当者から「お子様のご病気で診断予約をされたと聞きましたが、御加減は大丈夫でしょうか。私にお手伝いできることがあれば、何なりとお申しつけください」と電話がかかってきます。
普通であれば、このような気遣いもないのですが、さらに担当者は「加入されている保険のオプションを利用すればお子様の分も保障される可能性があります。通院後で結構ですので、診断書を持ってご連絡をいただけますか?」と続けるのです。
これは、顧客の行動がわかっているからこそ、可能なものです。顧客がどういう状況に置かれ、何を望んでいるのかを、データで可視化したのです。