仮説から見えてくるネットにおける買物の快楽性
まずこの研究全体の結果として、オンラインにおける買物体験には合理性だけでなく快楽性も存在することが実証されています。
さらに、価格感度に関する仮説が検証されています。価格にうるさいお客様は合理的な買物価値を重視するお客様の集団だけに存在すると考えられがちですが、この研究においては、ECサイトを快楽的に回遊する人もしっかりと「お得な買物」に向けて価格チェックは怠らず、合理的な買物の人だけが価格にうるさい、敏感なわけではないことがわかりました。
したがって、買物に快楽性を求めている人が価格に鈍感で、楽しい買物ができれば良いとだけ考えているわけではないと言えると思います。買物の快楽性の提供だけでネットにおける買物の魅力を増すことは難しいのかもしれません。
次に、「合理的な買物価値指向が強い人は時間の節約と目的志向が強いのでECサイトの機能的価値、利便性を高く評価する場合、再利用意向が強まるのではないか」「ネットにおける楽しい買物価値の提供はまだまだUI、UXにおいてリアル店舗に比べれば実現できていないものの、この課題を埋めていくことでECサイトの再利用意向は高まるのではないか」という2つの仮説を検証しています。
この研究の結論としては、ECサイトの機能的価値、利便性の向上だけでは再利用意向は高まらないのに対して、快楽的なネット購買体験を実現できれば再利用意向につながることが示されています。
少しずつではありますが、「ネットでの買物が便利」であることだけが、ECサイトの利用意向につながるわけではなく、ネットにおける楽しい買物体験を向上させることがお客様のECサイトの再利用意向につながるということが証明されたように思います。ECサイト運用者やデザイナー、エンジニアの皆さんでネットにおける楽しい買物価値向上に尽力している人には朗報ですね。
購買頻度への影響はどうなのでしょうか? 特にネットショッピングにおける快楽的な買物価値と合理的な買物価値は購買頻度にどのような影響をもたらすのでしょうか? 論文ではどちらの買物価値も購買頻度を高めることが実証されていますが、快楽的な買物価値の方が購買頻度向上には寄与していそうです。
やはりネットストアにおける買物体験の楽しさを向上させる取り組みや改善は不可欠ですね。ただ良い商品が並んでいるだけではだめで、常に新しい情報を提供し、特集を充実させ、ロイヤルティープログラム等によって優良顧客の買物の楽しみを向上させていく必要があるように思います。
購買金額に関してScarpi先生は、快楽的な買物価値がついで買いや非計画購買をもたらすためプラスの効果がある一方で、最短、最速で必要な商品を購入したいという合理的な買物価値は、購買金額にマイナスの効果があるのではないかという仮説を検証しています。
実証結果によるとやはり仮説の通りで、しっかりと計画的(!?)にネットストアを利用しようとする合理的な買物価値指向のお客様は財布の紐を締める傾向が強く、ネットショッピングにおける快楽的な買物価値はお客様に「ついで買い」や非計画購買を促すようで購買金額にプラスの効果があるようです。
この研究では、さらに、快楽的な買物価値は非計画購買を誘発することで、購買点数の向上に寄与する一方で、合理的買物価値は利便性が高いが故にネットショッピングに使う金額を増加させるのではないかという仮説を検証していますが、結果としては購買点数、利用金額、1回あたりの購買におけるアイテム単位の平均金額向上には快楽的な買物価値の方が貢献度は高いことがわかっています。
最後にネットリテラシーはネットにおける快楽的・合理的な買物価値に何らかの影響を与えるのかについての検証ですが、Scarpi先生はネットにおける快楽的・合理的な買物価値にネットリテラシーは影響がないのではないかという考えを提示しています。
ネットリテラシーの高低は確実にネットストアの利用頻度に影響をあたえます。また多くの研究においてこの経験差を考慮している論文が多いのも事実です。しかし、先生はネットリテラシーの差はチャネルが提供する買物価値には影響がないことを証明しています。
この考え方、結果に異論もある方もいらっしゃると思いますが、この結果が意味することは、買物価値(快楽性と合理性)はチャネルに関係なく存在しているということのように思います。ネット、リアルに関係なく各購買チャネルが提供する快楽的、合理的買物価値をお客様がどう受け取るかが大切だということではないでしょうか。
企業が提供するネット、リアルという買物チャネルにはそれぞれの買物価値があります。近年このチャネル間の融合が進むとともに、お客様が各チャネルに求めるものも変化しています。ネットだから、リアルだからお客様が違う、買物価値は違うという考え方は徐々になくなり、融合していくように思います。
徐々にネットリテラシーという考え方自体がなくなりつつある現代。そのことを6年以上も前の研究が示唆している。そのようにも考えられないでしょうか。