アナログとデジタルの違いは再生環境
――広告において「音」はどんな役割を担っていると思いますか。
CMは見るぞと意気込んで見るものではありません。テレビをつけっ放しにしているときなど、通常は受動的な環境の中でCMに接します。そのとき、最初に飛び込んでくる情報は音が先になるケースも多いと思います。そのため、音を作る時は最初のフックをどうするかにこだわります。
YouTube広告で最初の5秒をシビアに作り込むことも同様で5秒以内に意識を引きつけて、続きを見てもらうための仕掛けを作らないといけないわけです。
また、決められた秒数の中での表現をいかに拡張するかということも音楽の機能としては重要な役割となってきます。何度も口ずさみたくなるようなメロディー、もはやメロディーですらないような一つの音の塊でも良いと思います。それらの音が印象的であるほど“余韻”として記憶に残り続け、それはつまり決められた秒数を超えてコミュニケーションを持続する“おいしい音”ということになります。
――デジタル(インターネット)とアナログ(テレビやラジオ、リアルの場所など)で発信するときの違いはありますか。
スマホで音楽を聞く場合、イヤフォンをつけた状態、またはスマホに顔を近づけた状態で再生することが多いはずです。アナログの場合は複数人で聞く場合が多いのに対し、デジタルではクローズドになるわけです。デジタルとアナログには再生環境の違いがありますが、クローズドな再生環境を前提に音を作ってみるのもデジタル環境ならではの音のコミュニケーションだと思います。ビッグデータを活用し個人の趣味や日常生活に特化した、その人オリジナルの音を届けることでより新しい驚きや自分ごとのきっかけを産み出せるかもしれませんね。
また、最近の拡張領域として興味がある媒体はラジオです。音が主役ですから(笑)。スマートスピーカーの普及がラジオに新しいイノベーションを起こし始めてますよね。音声入力は“ながら操作”の中ではずば抜けて楽でカジュアルな動作ですので、その敷居の低さから新しいインタラクションが生まれエンターテインメントとマッシュアップするステージとしてラジオ媒体はうってつけだと思います。

音作りでは追体験と緩急を意識
――様々な広告案件に携わる中、消費者の心に響く音を見つけるためにどんなことを意識していますか。
何をもって「いい音」と感じてもらえるかですね。極端な話、人間は聞いたことがない音を聞いたら、不安になるはずなんです。人間が過去の追体験で音やメロディーの良い悪いを判断しているから、いい音というのが生まれる、というのが僕の考え方です。
ですから、追体験を念頭に、新しいものを産み出すときには過去のものとの組み合わせを意識するように心がけています。ゼロからイチというよりも、イチとイチの組み合わせの妙で産まれる意外性を大切にしています。
どことなく懐かしい要素が大事ですが、懐かしいばかりでは古くさく感じる。新しい表現の中で緩急を付け、「ああこれだよね」「これこれ」と思ってもらえるような音の作り方や出し方を意識しています。
――企業や自治体のニーズをくみ取る上で意識していることはありますか。
クライアントが参加できる「余白」の部分を大事にしています。クリエイターとして、最初から余白のないものを提示すると、熱量が一方通行になりがちですし、何よりもクライアントの“自分ごと化”を引き出しづらいです。積極的に関与していただく共創関係を築くことを心がけて、意識して相手の意見を聞き、それを取り入れるための余白を準備して挑むことがほとんどです。
地域振興の場合、いつまでも他地域のクリエイターが関わっていてはダメで、クリエイティブに触れながらも、その地域に根付くクリエイティブプラットフォームが産まれ、独り立ちができるようになることが目指すべき本来の姿だと思います。一ついいものができても、地域に伝承できる仕組みがないと、何度もゼロスタートを繰り返すことになってしまいます。
どの地域にも長い間培われた資産があります。レガシーなものを取り込むことも大きなポイントのような気がします。