日本企業の課題(1)社内の専門人材の欠如
とはいえ、これまでマーケティングをしたことがない企業が着手し始めても、順調に進むケースは稀だと思います。なぜならマーケティングは圧倒的に“実務”だからです。特にBtoBの場合はそうだと思いますね。たとえば「顧客情報が大事だ」とは書籍にも書いてありますし大学でも教えていますが、ではそれをどうやって集めるのかは机上ではわかりません。もっというと展示会で名刺1枚をいくらで集められるのか、どうしたら効率的に名寄せができるのか、といったことは実務を経て初めて知見が得られます。
これまで数々のBtoBマーケティングを支援してきた経験から、着手時には共通して2つの課題があると思っています。ひとつは人材育成。もうひとつは、ツール導入時のプロセスについてです。
まず人材育成についてですが、前提としてBtoBマーケティングに必要な基本的な要素には、「社内人材のノウハウ」「社外アウトソーシングのレベル」「ツール」の3つがあります。海外と比較すると、日本の学術や企業組織の構造上、特に人材の部分が追いついていないことがみえてきます。
そもそもマーケティングは、国土が広く文化や民族が多様な米国で発展してきました。特にBtoBでは、“ものづくり”が強く、前述のように引き合いで安定的な案件を創出していた日本は圧倒的に後進国です。以前、私はセミナーなどで「日本のBtoBマーケティングは米国に比べて10年遅れている」と話していましたが、今では体感値から「15年」と言っています。日本も近年は奮闘しているものの、我々が時速100kmで走っていても彼らは時速120kmで先を走っているような状態なので、差はさらに開いています。マーケティングオートメーション(以下、MA)ツールひとつとっても米国で普及し始めたのが2000年、一方日本で最初のMAが発売されたのは2014年です。
ただ、ツールはここへ来て、入手や導入にほとんどタイムラグがなくなっています。MA以外にもSFA、CRM、DMPなどすべてそうですね。また社外支援のレベルも、ほとんど遜色ないのが現状です。私はマーケティンググローバルネットワークのInterDirect Network(IDN)※1で理事を務めており、グローバルでのBtoBマーケティングのレベルを多少なりとも把握していますが、その観点からもそう実感しています。
ならばなぜ、毎時20kmの差を埋められないのか。それは、企業内のマーケティングマネージャーの経験値が圧倒的に違うことが大きいです。辛辣ですが、マーケティングに関する専門的な知識や経験がない限り、レベル的には大学院生と幼稚園生くらい違うと感じます。そうなってしまう大きな理由の1つは、米国ではマーケターは専門職としての地位やキャリアプランが確立していることです。具体的には大学でマーケティングを学び、実務経験を積み、大学院に戻って修士を取り、今度はシニアマーケターになってやがてCMOへ……という道筋ができている。だから多くのマーケターは、転職を繰り返して自分自身の腕を磨いていきます。毎年のように会社を移って実績を出し、地位と給料を上げていく、さながら包丁1本で勝負する料理人です。
他方、日本ではマーケターはジェネラルな職務のひとつとして、ジョブローテーションで担当になって初めてマーケティングに触れるという人が少なくありません。まずはここを改めることが、日本企業が強くなるための第一歩だと考えます。数年で一人前のマーケターになれる世界ではないので、ジョブローテーションから外して専門人材を育てるか、あるいはその能力のある人を外から連れてくる視点も必要だと思います。
※1 InterDirect Networkは、1988年にカナダのモントリオールで設立された、顧客のグローバルなダイレクトマーケティングやデータドリブンマーケティングの活動をサポートすることを主たる目的とする団体。
日本企業の課題(2)戦略のないツール選択
BtoBマーケティング開始時のもうひとつの課題、プロセスの難点を解説すると、ツールが豊富になっているだけに、まずツール選択から入ってしまうという落とし穴にはまる企業が多いです。マーケティングは重要な経営戦略の1つであり、経営戦略の父といわれたイゴール・アンゾフの提唱した「3Sモデル:戦略(Strategy)、組織(Structure)、システム(System)」を踏まえても、やはりはじめに戦略があるべきなのです。
自社がマーケティングで目指すゴールは何か、そのための戦略がしっかりと立てられた上で、組織やリソースの配分を考える。最後にシステム、ツールの選定があるのが順当です。戦略もないのにツールを選ぼうとするので、ツールが持つ機能もいかされずに持ち腐れになっているケースが頻発しています。
ツールを導入するのであれば、それを使いこなす組織やナレッジが必要です。その元になるのが戦略なので、戦略を起点として組み立てないとうまくいかないのは当然です。このように順序だてて説明すると多くの方は理解されるのですが、まずツールを買ってしまう背景には、日本人はブームに弱いことも理由の1つだと思います。
BtoBマーケティングを始める企業はスモールスタートからということが多く、当然はじめから豊富なナレッジはないし、最適な組織体制を考えるのも難しい。はじめの数年はマーケティングパートナーの支援を受け、少しずつ自社内のマーケティング組織を構築していくことをお勧めしています。選定の際は、ツールの良し悪しより困難に遭遇しても最後まで併走できる信頼関係を構築できるパートナーを選ぶことが最も重要です。いずれ自走を目指すとしても、はじめはパートナーとともに戦略の策定から行うのが近道になります。
由来から読み解くCRMとSFAの歴史 似て非なるMA
もちろん、マーケティングパートナーと組むにしても、BtoBマーケティングやそのツールについての理解を深めることは大切です。
マーケティングにはいろいろな分け方があり、BtoC、BtoBというのもそのひとつですが、いちばん古典的なものはチャネルで分ける方法です。マスメディアを使うのはマスマーケティング、といった形ですね。BtoCの多くは今もマスマーケティングが主流です。一方、ターゲットがはっきりしているBtoBマーケティングは、ダイレクトマーケティングの影響を強く受けています。昔からある企業向けのカタログやダイレクトメール(以下、DM)、セミナー開催なども典型的ですね。
なので、BtoBマーケティングはほとんどダイレクトチャネルで展開される“OnetoOne”のコミュニケーションがベースになります。当社が25年前から米国のダイレクトマーケティング協会に加盟しているのもそういう背景があるからなんです。BtoBとダイレクトチャネルは密接です。ターゲットが明確だからロジカルに設計でき、かつBtoCにはない社内稟議という要素も加味して担当者に情報を提供していく。この“科学”と“感性”で成果を出せるところは、私が今なおBtoBマーケティングをおもしろいと思う理由でもあります。
さて、ダイレクトマーケティングの世界でツールとして最も発達したのは、CRM(Customer Relationship Management)です。どちらかというとこれはBtoCで機能してきたものですね。通販などでの究極の目標はLTVの最大化ですから、一度顧客になってくれた人にはずっと買い続けてほしい、そのためには購買履歴を含めた顧客管理が不可欠……という課題のソリューションとして登場したのがCRMでした。実はLTV最大化の発想は、今BtoBマーケティングで主流になりつつあるABM(Account Based Marketing)の源流にもなっています。
一方、顧客管理としてはSFA(Sales Force Automation)も一般的になりました。こちらは完全にBtoB支援の営業案件管理ソリューションとして、セールスパイプラインのマネジメントのために開発されたのですが、CRMと同じ1990年代初頭に登場しました。
そしてSFAの前工程として登場した統合型マーケティングプラットフォームが、MAです。最初は2000年にリリースされたEloqua(現・オラクル傘下)で、その成功を見た当時のCRMツール大手・エピファニーの出身者らが立ち上げたのが、HubSpotやMarketoです。独立系だとPardot(現・セールスフォース傘下)が今でも残っていますね。同時に機能を追加することでMAを呼称し始めたツールもあり、たとえばメール配信システムから進化したExactTarget(現・セールスフォース傘下)やResponsys(現・オラクル傘下)、Silverpop(現・IBM傘下)が該当します。他に、シナリオ設計に強いキャンペーンマネジメントシステムから進化したツール、コンテンツ管理と広告連携に強いCMSから進化したツールなどもあります。
もちろん、それぞれ現在ではMAとして一定の機能を持ちますが、それぞれ強みが違ってくるので、それらを理解することがツール選択のひとつの手がかりになります。