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定期誌『MarkeZine』特集

BtoB企業が生き残るためのマーケティング入門

日本企業の体制や仕組みにマッチしたABMの概念

 では、先ほども少しお話ししたABMの話をしましょう。言葉自体は2013年ごろから世界中に広がりましたが、その中心にいたのが米国のITSMAというIT分野に特化したアドバイザリーコンサルティングファームです。

 実は同社は2005年ごろから、企業(アカウント)単位(ベース)のマーケティング、つまりBtoBにおけるLTVの獲得を念頭においたマーケティングを続けており、その年表を2014年に発表したのです。年表の起点である1993年に『ONE TO ONE FUTURE』という書籍が据えられ、ABMは本書で詳説されているLTVをBtoBに応用した発想が源流だと記されました。一般向けのカタログ通販で目指すLTV最大化とは方法こそ違えど、たとえば「人材派遣の会社が向こう10年で派遣業に投資する50億円の獲得を最大化しよう」とするなら、ABMの導入が適していると言えます。

 この考え方はIMCとも近く、実現するにはアカウントごとの様々なデータとコンテンツを統合するプラットフォームが必要で、そこにはまったのがMAというわけです。MAが登場したことで、データとコンテンツを管理するデマンドセンターを構築できるようになり、ABMが実現可能になったのです。

 前半で、日本は米国に大きく後れを取っているとお話ししましたが、ABMは日本のBtoBマーケティングが世界に追いつく起点になるだろうと私は考えています。と言うのは、日本企業特有のボトムアップの意志決定と、その“お作法”である稟議の仕組み、さらに欧米より3〜4倍かかると言われるリードタイムの長さに、ABMがマッチするからです。

 当社でも、仮に外資系のクライアントから「今回はCクラス(CEOやCOOなどの意思決定者)だけを狙っていきたい」と言われても、日本企業はトップダウンで物事が決まりにくい、ツール選定に関与していない、営業が最初に会える相手でもない、という理由で別の方法を提案することもあります。企業ごとの社員の属性情報や自社との接触状況、オンラインとオフラインでの行動、さらには主要取引先や関連会社情報などを長期的に分析し、正しくスコアリングしてロジカルにアプローチしていく。これはとても高度な戦術であり、MAがオン・オフを包括的に捉えたデータマネジメントを担ってデマンドセンターになり得る今だからこそ可能になったことですが、これが正攻法なのだと思います。

 さらに今、新たにインサイドセールスの進化型として注目されているのが、ADR(Account Development Representative)やBDR(Business Development Representative)です。基本的な意味は同じで、マーケティング部門が創出したMQL(Marketing Qualified Lead)を営業や販売代理店に適切につなげる組織やポジションを指します。マーケティングと営業の橋渡しのような役割で、インサイドセールスを源流にしていることもあり、営業サイドに設置されることが多いですね。

 この役割は、米国でデマンドセンターが普及したものの、営業がMQLを無視するので結局コンバージョンにつながらないという課題を解消するための試行錯誤から生まれました。マーケティングはリードの数を、営業はその質を重視すること、またマーケティングは中長期でリードを見るが営業は短期収益を重視するといった視点の違いを踏まえ、より営業がフォローしやすいリードを獲得する発想は、ABMと同じです。ABMがマーケティングと営業の間の壁を手法的に越えるものだとしたら、ADRは組織や担当を設けることで越えるものと言えますね。もちろん、両方を導入して効果を引き上げている企業も出てきていて、日本では特にABMとADRの組み合わせがBtoBマーケティングを飛躍させる大きな要因になると考えています。

図表1 デマンドセンターの役割
図表1 デマンドセンターの役割

BtoBマーケティングを「経営戦略」とすべき理由

 最後に、BtoBマーケティングが正しく機能する企業の特徴について、触れたいと思います。30年近くBtoBマーケティングの領域を支援する中で、多くの実務経験を重ねる一方、様々な失敗も経験してきました。その立場で言えるのは、デマンドセンターの構築やABMの導入を検討するのであれば、マーケティングを企業戦略の1つとして位置づけることが重要だということです。マーケティング活動は多くの組織をまたぐため、経営層の強いリーダーシップなしでの推進は難しいでしょう。

 マーケティング活動は、社内のデータ集約から始まります。展示会で得た情報は広報部門や情報システム部門に、営業名刺は営業が管理、過去の販売履歴は経理が管理する販売管理システムの中にあるなど、社内に点在するデータを集めるには組織的な協力と同時にデータ拠出に関する規約をクリアすることも必要です。冗談みたいな話ですが、個人情報は当該部門のシステムから持ち出せない、出すなら物理的なサーバーの位置とセキュリティを証明しなさいと言われたケースもあるんです。サーバーはクラウドですから、そうなると全社号令をかけて規約を変えるしか方法がありません。

 また、効果的なコンテンツ作成のためには、見込み顧客のニーズや製品のどういったところに魅力を感じているのかを把握する必要があります。その情報は営業からのヒアリングが不可欠ですが、これらを容易に実現するには経営戦略として位置づけるしかないのです。

 もちろん、多くの費用もリソースも投資するので失敗は怖い。最初はスモールスタートで始めても、将来的には全社展開する前提で、ひとつの事業部、ひとつの製品から試してみることが重要です。

 伝統的に営業が強かった日本企業では、マーケティング部門に権限がないことが多いです。なのでマーケティングで成果を出すためには、組織的にも、いち担当者の意識レベルでも、このパワーバランスを変えていくことが肝心です。では、どう変えていくか?

 もちろんトップの鶴の一声も重要ですが、これは日本企業の文化であり社風でもあるので、それだけでは変わりません。正攻法ですが、やはり「営業の役に立つ」ことが有効だと私は考えます。

 営業が驚くようなリードを渡せたら、そこが潮目になることもあります。営業の目の色が変わるようなリストとともに「すべて訪問OKですから」と言えたら、そこからマーケティングの価値が一気に変わっていくはずです。

 ここまでお話ししてきたように、BtoBマーケティングにはロジカルな設計が有効であり、特にこれからは高度なテクノロジーやデータマネジメントといった科学と、組織間のコミュニケーションという感性を融合した企業が成果を上げていくようになるでしょう。それが実現できれば、今は後れを取っている日本企業も世界で戦えるようになるはずです。マーケティングは企業の未来をつくる仕事です。ぜひ本腰を入れて取り組んでいただけたらと思います。

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この記事の著者

高島 知子(タカシマ トモコ)

 フリー編集者・ライター。主にビジネス系で活動(仕事をWEBにまとめています、詳細はこちらから)。関心領域は企業のコミュニケーション活動、個人の働き方など。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

安成 蓉子(編集部)(ヤスナリ ヨウコ)

MarkeZine編集部 編集長
1985年山口県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。専門商社で営業を経験し、2012年株式会社翔泳社に入社。マーケティング専門メディア『MarkeZine』の編集・企画・運営に携わる。2016年、雑誌『MarkeZine』を創刊し、サブスクリプション事業を開始。編集業務と並行して、デジタル時代に適した出版社・ウェブメディアの新ビジネスモデル構築に取り組んでいる。2019年4月、編集長就任。プライベートでは2児の母。

★編集...

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MarkeZine(マーケジン)
2018/09/25 13:15 https://markezine.jp/article/detail/29247

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