自社の商品やサービスはどんな場所でどのように知られ、いつ興味を持たれているのか。そしてどういった理由で購入・利用されているのか。こうした顧客の行動や気持ちの変化を知ることは、マーケティングを始め営業やカスタマーサービスにおいても欠かせない情報となります。
認知から購入や利用、友人への推奨、ファンになるに至るまでの一連の顧客の行動・体験を旅に見立て、適切なタイミングで効果的な施策を展開するためのインサイトを掴む手法として活用されているのが「カスタマージャーニーマップ」です。
顧客を知り適切な体験を作り上げるためにカスタマージャーニーマップを作成してみたいと考えている方は多いのではないでしょうか。しかし、どうやって取り組めばいいのかわからなかったり、一度やってみたけれど活用できず効果が出なかったりした経験があるかもしれません。
今回、『はじめてのカスタマージャーニーマップワークショップ 「顧客視点」で考えるビジネスの課題と可能性』の著者で1000社2000名以上にカスタマージャーニーマップの作成をサポートしてきた加藤希尊さんと、執筆協力をされた亀山將さんに、初めて取り組む方がうまくマップを作成し、活用するためのコツを尋ねました。
B2B企業にも役立つマップ
カスタマージャーニーマップと聞くと、B2C企業のためのツールだと考える方もいるかもしれません。加藤さんも、最初はB2C企業を対象にワークショップを行っていたとのことですが、B2B企業向けにアレンジしてみたところ、これが大好評。カスタマージャーニーマップはB2B企業にも活用できることを肌身で感じたそうです。
「ワークショップの担当者からは、B2B企業の反応がたいへん良好だと耳にすることが増えました。どうやらB2B企業にもカスタマージャーニーマップが有効で、B2C企業同様にマップを活用することで解決できる課題が多いことが明らかになっていきました。特にB2Bは営業が重要な接点なので、営業プロセスを可視化するワークショップ開催がメイン用途かつ人気です」(加藤)
「B2B企業のマーケターはリードを作ることが仕事で、営業部門にリードを渡せばいいとだけ捉えている場合が少なくありません。しかし、今やB2B企業におけるマーケティングの仕事はそれだけに留まらず、B2C企業と同じように顧客を育てていく必要があります。そこでカスタマージャーニーマップを役立てられるため、反響が大きかったのだと思います」(亀山)
本書ではマップ作成の手順をB2C編とB2B編に分けて解説。自社のビジネスモデルに合わせて活用することができます。ただし、B2CとB2Bのカスタマージャーニーマップでは手順の一部に違いがあります。B2Cでは顧客接点と自社の行動を明確にしたあとに、そこで顧客の感情がどう変化するのかを書き出しますが、B2Bではこのステップが逆になるのです(下図のSTEP5とSTEP6)。普段の営業活動を可視化できるのがポイントです。
加藤さんたちも最初は手探りでワークショップを行い、少しずつB2C企業とB2B企業それぞれに最適な方法を考案してきました。結果として1000社以上に対してワークショップを実施することになるのですが、そのノウハウが惜しみなく注ぎ込まれたのが本書。カスタマージャーニーマップ作成のためのワークショップを読者が自分で再現できる内容になっています。
ファシリテーションが成否を分かつ
そうは言っても、初めて取り組むときにはどのようにワークショップを進めればいいのか難しい面もあります。加藤さんと亀山さんもその点は経験から実感し、マップの作成とそこからアイデアを考案するにはなによりファシリテーションが重要だと考えています。
「本書を利用していただくなら、初めての人でもクオリティの高いマップを作れなければなりません。そこで欠かせないのがワークショップを取りまとめるファシリテーターの存在です。そこで本書では、1つ章を設けてファシリテーションの方法とファシリテーターの心得を解説しています」(加藤)
「ファシリテーターの役割として最も重要なことは、自身が意見を押しつけるのではなく、参加者の内側から答えを引き出すことです。ワークショップを成功させるには議論が発散したときにそもそも論に引き戻したり、発想を広げたり、論点を深めたりする場作りの役割に徹する人が不可欠ですね」(亀山)
おそらく本書を読み、最初にワークショップをやってみようと考えた方がファシリテーターを務めることになるのではないでしょうか。本書では事前準備やファシリテーションの具体的な方法を解説しているので、ぜひ参考にしてください。特に、マップを作ったあとどう活用するかがポイントです。作りっぱなしで満足してしまわないよう、そこからアイデアを生み出していくサポートをするのがファシリテーターの大きな役目です。
マップの前にペルソナを作り込む
カスタマージャーニーマップに取り組むとき、ファシリテーターが最初に担う重要な仕事があります。それがペルソナの作成です。これから顧客の旅を可視化しようというのですから、その顧客自身のことがわかっていなければどうしようもありません。
そもそもカスタマージャーニーマップはとりあえず作れば課題が見つかっていくというものではなく、しっかりした入力があってこそ効果的な出力を得られるツール。入力を実情にそぐわない想像で埋めてしまえば、出力も頼りない想像のものになってしまいます。
「カスタマージャーニーマップを作成するときは、自社のターゲットとなるペルソナをしっかり作り上げることが最も重要です。自分たちの顧客が誰なのか、どういうライフスタイルで何を好むのかといった情報を把握しておく必要があります。ペルソナの情報が充実していなければ、購買プロセスにおける行動や感情も想像できません」(加藤)
しかし、加藤さんは多くの企業でここに課題を抱えていることが多いと指摘します。つまり、自分たちの顧客がどんな人たちなのかをきちんと理解できていないことが多いのだそうです。ワークショップにおいても、まずペルソナを作ってみようとしても、参加者から「難しい」「わからない」という声が聞かれるとか。普段から顧客と相対しているはずなのに、どうしてこのような状態になってしまうのでしょうか。
「ペルソナを作るのに手間取るのは、あまりお客さん自身を知ることができていないということです。なぜそうなるのかと言うと、多くの場合はお客さんよりもKPIなどの数字を見ているからです。数字を追ったり高度なツールを使ったりする前に、お客さんのことを知るほうが先ですよね。お客さんにとってどのタイミングでどんな情報を出すのが心地よいのかを知っていないと、満足してもらえる顧客体験を作ることはできません」(加藤)
「とはいえ、まったく知らないわけではなく、どのように情報を切り出せばいいのか難しく感じていらっしゃることもあります。そこで、ワークショップではファシリテーターからターゲットの切り口を用意して、今回はこういう人を想定したペルソナを作ってみましょうと誘導することが多いですね」(亀山)
多くの人が顧客のことを知らない――そんな状況があるからこそ、カスタマージャーニーマップが必要とされているのかもしれません。
マップを活用した事例も収録
カスタマージャーニーマップは対象とする商材やペルソナ、期間を様々に組み合わせることで多くのパターンを作り出すことができます。それぞれのマップにおいて見つかる課題は異なり、対応すべき施策も変わります。それどころか、1つのマップにおいてもステージごとに適した施策が必要になります。
たとえば上図で言うと、たった一つの施策で顧客が「出会い」から「新たな出会い」まで体験してくれるわけではないのです。
「マーケティングや営業においては、見込み顧客に認知から成約、活用といったステージを一つずつ進んでいってもらうことが大切です。ステージごとに行動や感情は異なりますから、1回のキャンペーンですべてのステージを走破してもらうのは不可能です。なので、各ステージに合わせた体験を作らなければなりません」(加藤)
では、具体的にマップからはどのような気づきが得られるのでしょうか。本書ではB2C企業の事例として、バレエやダンスの用品販売を行っているチャコット、アニバーサリースペースを運営しているバリューマネジメント、クレジットカード事業に取り組むジェーシービーのインタビューを収録。
また、B2B企業の事例として、採用管理システムの開発・提供を行うビズリーチ、予約・顧客台帳サービスを開発・提供するトレタ、業界情報プラットフォームを運用するユーザベースにもお話をうかがっています。いずれも、これまで気づかなかった顧客の実像から改善へのヒントを見つけられたそうです。ぜひ本書でご覧になってください。
加藤さんたちは、マップから得た気づきを具体的な施策に落とし込むためのシナリオマップも開発中とのこと。ですので、まずは本書を参考にカスタマージャーニーマップを作成し、自社にどんな課題が眠っているのかを明らかにしていくのがいいのではないでしょうか。