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Facebook、運用型広告を取り入れたことで爆発的に成長したSNS

2018/10/29 08:00

 運用型のディスプレイ広告の勃興と時を同じくして、FacebookやTwitterをはじめとするSNS広告も登場します。SNS広告の隆盛の背景にもAdWordsで培われた思想が大きな影響を与えています。インターネット広告の歴史と進化を追う本連載。SNS編では、アタラ合同会社の佐藤会長に続き、Facebookを中心に Google、Facebookの広告営業に携わってきた黒田俊平さんにもお話を伺っていきます。(※インタビューは2018年5月後半に実施)

AOLが切り開いた個人の情報発信とコミュニティ

杓谷匠(以下、杓谷):FacebookやTwitterが登場する前のSNSはどういったものだったのでしょうか?

佐藤康夫(以下、佐藤):インターネットが作り出す新たな世界の中で、一番特徴的なのはコミュニケーションとコミュニティだと思います。誰もが発言者になれる。ある特定のテーマでいろんな人とつながれる。これがまさにインターネットらしいところで、今のSNSにつながるおもしろいところだと思います。

 自分も興味を持ってパソコン通信時代からニフティをやっていたわけですが、この領域の先駆者はやはりAOLでしょう。『ユー・ガット・メール(原題:YOU'VE GOT MAIL)』という映画にもなりましたが、AOLは「フォーラム」をきっかけにブレイクしていきました。一説によると、ゲイコミュニティからブレイクしたと言われています。これが今のSNSに通じるサービスの始まりだったのではないかと思います。


 初期のAOLはまだパソコン通信のクローズドな世界だったのですが、それがWebの世界になってオープンになったことで、90年代は掲示板やチャットルームなどのトラフィックボリュームが大きく伸びていきました。ただ、ものすごくトラフィックの量も多いのにマネタイズが難しいもの、という認識が90年代の風景としてあります。

1999年頃のAOL.com(Internet Archive)
1999年頃のAOL.com(Internet Archive

オープンに情報を公開するブログとクローズドに公開するSNS

佐藤:2000年からはGoogleが検索の時代を作っていくわけですが、その流れを加速するかのようにWordpressやBloggerなどのブログサービスがでてきて個人による情報発信が加速していきます。一方で、クローズドにコミュニケーションをしたいという要望も大きくなり、その流れがSNSとして結実していきます。不特定多数に情報を発信する流れと、クローズドなところで情報をシェアするという2つの流れの中でSNSが登場したわけです。

 米国では、2002年にFriendsterが登場し、2003年にGoogleの社員が始めたOrkutはインドとブラジルでとても人気になりました。Facebookも2004年にハーバードの学生専用のWebサイトとして産声を上げています。日本では、慶応大学が作っていたGokuなどが知られていて、2004年にmixi、 GREEが登場します。情報を介して人とつながる、という動きが加速したのも2000年代の大きな出来事だったと思います。

2005年頃のFacebook(Internet Archive)
2005年頃のFacebook(Internet Archive

佐藤:Faebookはハーバード大学内で評判になってスタンフォードに飛び火したわけですが、ボトムアップで来たところがおもしろいですね。昨今は若者のFacebook離れなどが言われていますが、元々は大学生がFacebookをやりたいと言って始まったんですよね。若者の熱狂という意味では音楽専門のSNSであるMyspaceも人気でした。Myspaceは最終的にはルパートマードックのNews Corpに買収されます。


佐藤:私はコミュニティが好きでパソコン通信時代からずっと見てきたわけですが、やっぱり最大の衝撃はFacebookが実名をベースとして立ち上がったということです。しかも世界規模でつながっていく仕組みが、これから世界が大きく変わっていく転機になるのではないかと感じました。そういう意味ではFacebookは自分の中ではすごいイノベーションだと思っています。

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