ネスレ、吉野家の組織のあり方とは
興味深いのは、先ほどの円陣に顧客が加わることがある点だ。テレビCMによる新規獲得プロモーションの印象が強いネスカフェ アンバサダーだが、サンクスパーティーやキャンプなど既存ユーザー向けのイベントも頻繁に開催しており、CRMも手厚い。この運営には、関係づくりの一貫として、ときにユーザーがボランティアとして参加している。
「お客様がいるチームだと思うと、そのメンバーであるクライアントが代理店に上からものを言ったりするのはおかしいとよくわかる。組織の壁をなるべく壊して、全員が楽しくチーム一丸となって取り組めることに注力している」(津田氏)。
ちなみに藤原氏同様、各エージェンシーは企業名というよりバイネームで依頼することが多く、プロジェクトごとのリーダーをエージェンシー側の人が務めることもあるそうだ。

企業がお膳立てして提供するというより、顧客からボランティアスタッフを募るなどして、
皆でつくり上げているのが特徴だ。
田中氏は、「僕の仕事の半分は組織編成」と話す。自身が吉野家に参画してから、まず当時の体制を全撤廃した。エージェンシー側が主体的に考え、事業側が受け身の状態だったからだ。
同氏は、自身をリーダーとしたクリエイティブチームを再編成。週1回ミーティングをし、社長からのオーダーや社長へのプレゼン時にはチーム全員が同席している。
「これは僕の意図で、社長の判断の機微をその場でリアルに感じてほしいから。そして、そういう場にいることでモチベーションも高まる、その効果も見込んでいる」(田中氏)
CMOを“チーフ・妄想・マーケター”と称する田中氏。「チームでも妄想を大切に、全員でアイデアを出して丁寧に転がしていくと、奇跡的なことが起こる瞬間がある」と語る。

複数のクリエイターからなるクリエイティブチームで年間を通して企画を立てている。
一緒に過ごした時間は貴重な資産
中心にいるのが事業側のマネージャーかどうか、という差違はあれど、3者それぞれ示し合わせたように“フラットな関係”が共通していた。
徳力氏の「通常は、津田氏が示したウォーターフォール型の座組みが多いのではないかと思う。なぜ、現状の円のような体制に変えたのか、変えなければいけなかったのか?」という問いに、津田氏は「上から下への指令系統の反省点もあるが、必要に迫られたという部分も大きい」と答える。新規事業にかける自身のリソースも予算も限られていたため、社内外で協力者を募りながら効率的な体制を模索した結果、フラットな形に行き着いたという。
徳力氏は「特にテレビCMがマーケティングの中心だった時代は、ウォーターフォール型のほうが効率的で正しい形だと認識している企業が多かったのは事実だろう」と解説する。だが、手法やチャネルが多様化している今、それだけでは売上が上がらなくなっている。
田中氏もこれに同意し、「デジタルの影響力が強くなるにつれ、事業主側に知識がないと事故が起こる。同時に、クリエイティブ側にプロフェッショナルがいないと機能しない。ただ、これだけ多様化すると一人にすべてを任せるのは物理的に無理なので、必然的にそれぞれのプロをフラットに組織する形になった」と語る。
それは前段で紹介した、バイネームでの依頼にも通じる。藤原氏も自身の広告会社での経験を踏まえて「広告会社も当時は統合マーケティングと一気通貫の提案をしていたが、今はクライアント側もエージェンシー側も、お互いに限界を感じているのではないか。当社もまだ現在進行形だが、周囲でも『PRはこの人、CMはこの人』などと分けるマーケターが増えている」と話す。
津田氏も「この人ならばという信頼をベースに組めば、失敗も受け止められる」と重ねる。
「競合コンペもなるべくしません。一緒に過ごした時間は貴重な資産になるからです」(津田氏)