マス×Webの秘訣は「ワンチーム」で進めること
――まずはお二方の自己紹介をお願いいたします。
高瀬:2011年からネット広告業界に身を置き、現在はハートラスでトレーディングデスク事業を基盤としながら、企業のデジタルシフトのためのインハウス支援事業を展開しています。「顧客となる企業の事業全体をいかに改善できるか」という視点に立ち、運用型広告だけでなく、コンサルティング領域から業務改善領域までのインハウス支援、また様々なデータを分析し、企業のマーケティング課題解決に向けた多様な支援を行っています。
小霜:元々はマス系のコピーライターとしてやっていましたが、クライアントの課題が複雑・多様化する中でWebを取り入れていくうちに、いつの間にかマスとWebを統合するクリエイティブディレクターの第一人者みたいなことになっています。
高瀬:いつの間にかですか(笑)。
――早速ですが、昨今マスとWebを統合したアプローチが盛んになる中で、小霜さんが重要だと思われるのはどういった視点でしょうか?
小霜:一言で言えば、「効率化」です。マスだけではなくWebもやっていく必要性が高まってきて、「単純にやることが2倍になった」というのが現状の課題だと思います。リソースを両方に割く一方で、予算も切り詰めていかなければいけないと。「Webに手を出した結果、誰もハッピーになっていない」といった状況が起きてしまっているんですよね。
マスとWebを統合するのであれば、広告クリエイティブやコンテンツはワンチームで制作する体制が最も効率が良いです。しかし現状では、マスは総合系の代理店に発注して、Webはデジタル専業系の代理店に発注するといったように、代理店をわざわざ使い分けている企業が多く見受けられます。これでは、どちらの代理店も広告全体を仕切っていくことができなくなってしまいます。
高瀬:体制を一本化すると、成果にもつながりやすいと思います。
小霜:そうですね。「マスに向けて認知獲得や潜在的な需要の創出を行い、Webで顧客の心理・態度変容を促進する」という設計は一連の流れの中で進めていくべきです。その意味では、やはりワンチームでやらないと筋道が作りづらい部分があると思います。
「コンテンツ力」だけでは本当の統合は果たせない
――マスとWebを一連の流れで考えた場合、コンテンツを制作する上での予算配分はどう考えるべきでしょうか?
小霜:コンテンツの制作過程において、「配分」っていう考え方を僕はなくしたいんですよ。要はグロス(広告予算の総額)で、テレビCMもWebで配信するコンテンツも、一括して制作すべきだと思っています。そのほうがコストを抑えることができますよね。
高瀬:コンテンツ以外の「メディアの予算配分」については、どう考えていらっしゃいますか?
小霜:コンテンツを最適化すると、必ずメディア予算配分の最適化という課題がくっついてきます。つまりアロケーションです。コンテンツを縦軸とすると、アロケーションが横軸。この面積の最大化がコミュニケーションの最適化であると思っています。
小霜:ターゲット設定をはじめとする戦略にもとづいてコンテンツは最適化されますが、そのコンテンツを認知から購買に至るまでしっかりと割り付けることが重要です。コンテンツ自体に力があったとしても、それを最適なメディアに割り付けることができなければ十分なリターンは見込めず、効率的とは言えません。この「コンテンツ」「メディア」の両輪を考えた提案をしていかなければ、本当の意味での統合は成し得ないのではないかと思っています。
予算配分コンサルティングは企業にとっての「福音」
――小霜さんはこの「予算配分の最適化」にどのように取り組まれていますか?
小霜:ハートラスさんがやられている「予算配分コンサルティングサービス」が僕には魅力的に感じられました。そこで、このサービスの開発・普及を目指した提携を結び、サービス名も「FigA(フィーガ)」としました。
「FigA」は「Figures for allocation」の略で、つまりは「ツールなし、数字のデータだけで分析・提案しますよ」という意味です。このサービスの何が魅力かと言うと、まず安い。
高瀬:(笑)。
小霜:いや、これ大事なことなんですよ。たとえば、メディアの予算配分を最適化するツールの導入に年間1億円も割くというのは本末転倒ですよね。それならば、その1億円を使って闇雲にメディア予算を増やしたほうがよっぽど良い。実際、これに似たことが起きているというのが現状です。導入にコストがかからないというのは一つの大きな魅力です。
それと、ハートラスさんは企業から提供されたあらゆるデータを見て、総合的な分析をされています。そのため、応用の幅が広いです。企業の顧客とのコミュニケーション施策は、マスかWebという話だけではなく、多岐に渡ります。チラシを配る施策が有効という業態も当然あるでしょう。「結局どの施策が効いているのか」が明らかにならないと、本当の意味での全体最適化は行えません。
――具体的に企業から預かるデータというのはどういったデータなのですか?
高瀬:NDA(秘密保持契約)を結んだ上で、基本的にマーケティング活動に関わるデータはほぼすべてアクチュアルデータでいただいています。
また、企業の課題に影響を与えているデータがマーケティング活動以外にもありそうだと判断した場合は、そういったデータも提供していただきます。たとえば、営業の方が「いつ・何回・どこに訪問したのか・それは単独だったか/商品担当の同行だったか」などです。他にも、企業のビジネスモデルやバリューチェーンに合わせて、必要なデータを可能な限りご共有いただいています。
小霜:これによって、企業への負担はかなり軽減できると思います。企業の中には、デジタルのリテラシーがあまり高くない企業も実は多く存在します。デジタル専業系の代理店を含めた打ち合わせの場でも、「なるほど」と言いながら意味をよく理解していないことが往々にしてあります。一方で、代理店側は理解してもらえたと思って帰っていく。
小霜:そうした状況でいくらツールを導入しても、データを有効に活用できるとは思えません。企業が自分たちの手で何かを動かすのではなく、提供できるデータだけを共有する。後は、「予算配分のコンサルティング」に任せて最適な打ち手を提案してもらう、というのは企業にとって”福音”だと思います。
マス×Webで求められるクリエイター像
――マスとWebの統合が効率化されない問題について、コンテンツを作る側のクリエイターにはどのようなボトルネックがあると感じていらっしゃいますか?
小霜:よく、「Webの何が楽しいのか」と言われることがあります。僕みたいなマス出身のクリエイターの多くは、自分が作ったテレビCMが社会現象になるといった成功体験を持っています。一方で、Webの世界ではそれが時に「無駄」だとされてしまうことがある。本来のターゲットではない人、つまり購入の見込みがあまりないと思われる人にも広告を露出してしまっているということですから。こうした感覚の違いはあると思います。
他には、Webを前提にクリエイティブを制作しているにもかかわらず、「SNSのフォーマットに合わせてコンテンツを調整して欲しい」といった依頼に難色を示すCD(クリエイティブディレクター)がいます。マスとWebを統合する視点を持って柔軟に対応できるような人が指揮をとっていかなければ、効率化はなかなか果たすことができません。
高瀬: 分析をさせていただく我々としても、統合的なアプローチに前向きな方とは、お仕事がしやすいです。ついつい「マスとWebの統合」が手法になってしまいがちなのですが、コンテンツを届ける方法として、テレビでマスに届けるのか、Webでデバイスに配信するのかを最適化するのが我々の役割なので。
制作したコンテンツが結果的にどう届いたのか、投資対効果がどうだったのかに関して、我々は詳細な分析を行います。クリエイターの方々には、そうした分析データを、コンテンツ制作の前段階での判断材料としてポジティブに捉えていただきたいですね。「コンテンツが届くべき人にきちんと届くのであれば、マスとWebの配分は自由」というのは、マス系出身のクリエイターの方々にとっても、非常にポジティブなことではないかと思っています。
現場と経営層の間に存在するギャップとは
――では、企業側が抱えているボトルネックについて、高瀬さんはどうお考えですか?
高瀬:多くのマーケターは、「普段見ているKPIが、その先にある事業のKGI(Key Goal Indicator)に結果的にどう影響しているかを把握できていない」という課題があるように思います。そしてより根本的な問題として、それらが把握できていないことよりも、次にどのようなマーケティング活動を展開していくのか、リプランニングや実行の施策が立てられてない点が挙げられます。
また、現場のマーケターと経営層の間にある「ギャップ」も、課題として感じています。マーケターは日々、CPA(Cost Per Action:顧客獲得単価)やNPS(Net Promoter Score:顧客ロイヤルティを測る指標)といった各指標を持って実務に臨んでいるはずです。
ただ、企業の経営層は、投資した予算がどの程度リターンとして返ってくるのか、そしてどうすれば最も投資対効果に寄与できるのかを知りたいと考えているんですよね。そうした経営層が抱える問いに対する答えには、まだ雲がかかっている状態が多いように感じます。
小霜:たとえば、テレビCMよりもWebのほうが事業の売り上げに寄与しているという事実が出てくると、それは宣伝部のテレビ担当者にとっては「不都合な真実」になります。「あなたの存在意義はあまりない」と言われているも同然ですから。テレビ担当やWeb担当、販促担当など、マーケティング活動の役割が細分化された企業ほど、現場と経営層が見据えているゴールに乖離が生まれやすいんです。
――ハートラスさんの分析では、こうした「不都合な真実」も明らかになるということでしょうか?
高瀬:最初は悩みました。これまでお取引をさせていただいていた企業様の広告費も縮小してしまうのではないかと。それでも、企業が事業拡大を目指すならば、本当にその企業の事業に貢献することが何かを明らかにし、それを実行する必要があります。そうでなければ、中長期的に事業は伸び悩み、結果的にもやはり広告費が減少してしまいますよね。事業全体に対する改善・効率化を図らなければ、より効果的な投資は行えません。
本当の意味での事業支援を突き詰めて考え、「この取り組みは事業への影響度は低いです」とお伝えしなければならないこともあります。
当然、事業成長に関わるのはマーケティング活動だけではありません。たとえばメーカーであれば、流通における出荷予算など、広告を飛び越えた活動も存在します。そうした副次的なデータも見ることでより一層その影響度は可視化できるので、そういった視点で取り組むようにしています。
本質的にビジネスを推進するための分析を
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
小霜:今のクリエイターの評価基準は、「あの人はあの仕事をした」というように、一人でも多くの人に話題となるような実績を残していることが前提になってしまっています。翻って、Webの世界は、一部のターゲットに絞って認知を獲得することが広告の目的です。これでは、広告賞にしてもなかなか獲れないわけですよ。もっと言えば、「あの人はあの誰もが知っている広告を手掛けた」という評価を求める人は、Webの世界ではやりにくいと思います。ただ、僕はもうそういった評価を求めてはいません。
野心があるとするならば、「小霜が出てきて、業界ちょっと変わったよね」という評価を受けることです。ただ、そのためには外から評論をするだけでは、説得力がない。現場のプレーヤーであり続けるがゆえに、業界をこう変えたほうがいいんじゃないかと言えるし、提案もできると思っています。
今後としては、そうした僕の野心に賛同してくれる人を増やしていきたいなと思っています。「やはりその通りですよね」と言ってくれる人が段々と増えてきている実感はあります。
高瀬:まず一つは、現場のマーケターが見る短期的な指標に左右されず、本質的にビジネスや事業を推進するためには何が必要なのかを引き続き分析し、考えていきたいです。加えて、マーケティング活動をする中で、マーケターはコンテンツをどのメディアに出すべきなのか、制作過程はどうするべきかなどに対する最適なご提案をしていきたいと思っています。この二つの両輪をしっかりと回していき、最終的には我々のトレーディングデスクの価値に落とし込んでいきたいですね。