Webは新規獲得 アプリはリテンション
以前はインストール=獲得にばかり目が行きがちで、CPI(インストールあたりのコスト)を重要なKPIとしていたゲーム業界ですら、そのトレンドがリテンション重視へと移りつつあります。前提として、アプリマーケティングでのKPIはRR(リテンションレート)であり、「CAC(顧客獲得単価)<LTV(顧客生涯価値)」だと捉えていただければと思います。
Webならば、一度訪れて離脱した人がもう一度広告に接触して来訪する可能性はありますが、アプリだと一度インストールした人がアンインストールしたら、ほぼ二度と再インストールすることはありません。CACやCPIをKPIにすると安さの競争になり、質の高い顧客の獲得が望めず、リリース後の運営が立ち行かなくなる可能性が高いです。同時に、CPIばかり強調する広告代理店にはぜひROAS(広告費用対効果)やRR、LTVを指標にするよう求めることをお勧めします。
この構造を、市場の成長期と成熟期に分けて、もう少し詳しく解説します。市場が膨らむ段階はCACもまだ低いため、企業は売上の最大化と市場シェア獲得を目的に、広告費を投じていくのが得策です。
しかし成熟期に差し掛かるにつれてCACは高騰するため、次第に広告費が回収できなくなります。そこで重要になるのがプッシュ通知などを活用したユーザーへのCRMによるRRの向上です。ゲームアプリ市場は典型的な成熟期を迎えており、長期タイトルを中心に広告で獲得した新規ユーザーによる売上拡大から既存ユーザーによる売上の維持・拡大へと焦点が移っています。そのため、CRMの最適化によるRRの向上に注力しているのです。
ちなみにアプリのUXは、提供する機能やUIといった「アプリそのもの」と、プッシュ通知などを活用した「ユーザーへのコミュニケーション」の2つで構成されます。獲得に重きが置かれる成長期は、あまりCRMが重視されませんでしたが、RRはUXの質に大きく左右されるので、「アプリそのもの」だけでなく「ユーザーへのコミュニケーション」つまりCRM施策にも十分な配慮が必要になります。
非IT企業のアプリ 失敗理由と目的の見定め方
先行している市場としてゲーム業界の話が多くなりましたが、次に非IT企業のアプリマーケティングの目的や成否のポイントを紹介します。
Webとアプリを比較すると、いまだに1ユーザーの獲得単価はWebのほうがずっと低く、またエンジニアの数もアプリ領域はWebに対して10分の1ほどしかいないため、制作費もアプリのほうが高いことが常です。それでも非IT企業がアプリをリリースするのは、大きく2つの理由があると考えています。
ひとつは、プッシュ通知の威力です。アプリならではのプッシュ通知の機能は、企業からのメッセージやオファリングにとても強い味方になります。こと日本においては、若年層にはメールマーケティングがほとんど効かず、メールアドレスを持たないどころか存在を知らない若い人も出てきているので、ブランドからプッシュ通知ができる価値は大きくなっています。
もうひとつは、生活者が肌身離さず持ち歩き、常に目にする画面の中に自分たちのブランドアイコンが入るというマインドシェア獲得の魅力です。情報があふれる中、こうした形でブランドと接点を保てることは、少なからずマーケティング上にプラスをもたらしています。
これらの理由から、アプリマーケティングに着手する非IT企業は今も増えていますが、失敗する例も多く見てきました。私なりにその理由を分析すると、「機能を詰め込み過ぎ/アプリである必要がない/既存事業と連動していない」という3つに集約されます。裏を返すと、「単機能/アプリである必要がある/既存事業と連動している」ことが、成功のポイントだと言えます。
単機能だと開発費も安く、容量も大きくありません。見落としがちですが、一般的な生活者は僕らのように常に無制限Wi-Fiを持ち歩いているわけではなく、データ容量にとてもシビアです。大切な写真を5枚消してまで入れる価値があると思ってもらえるか、Webで代替できないかは、常に考えるべき観点です。そして、既存事業と連動していなければ、非IT企業がアプリを運用する意味がありません。何らかのシナジーが見込め、それを測る指標を見据えられていないと、プロジェクトが頓挫してしまいます。
非IT企業にアプリが貢献できる役割は、プロモーション、セールス、CRMの3つです(図表2)。

このいずれかに絞り込んで、単機能のアプリにすることが定石です。たとえば当社が支援した例では、ある健康機器メーカーが「新商品発売時にアプローチ効果の高いID情報を収集する」ことを目的に、日々の健康管理ができるアプリをリリースしました。アプリ単体では収益化は意図せず、とにかくUIと機能を追求して顧客データを集め、新商品発売時に拡張オーディエンスでターゲティングしてアプローチしたところ、当時のソーシャルメディア予算の2割程度で同等の効果を得られました。アプリ開発コストを考えると大きなプラスではありませんが、IDは資産になるので、今後の費用対効果はぐっと高まる見込みです。