注目のニューロマーケティング企業
現在ニューロマーケティングを専門とする企業は少なくないが、パイオニア的存在として知られているのが、2005年に設立され、2011年にニールセンに買収されたNeuro Focus社だ。
カリフォルニア大学バークレー校で工学博士号を取得したAKプラディープ氏が、自身が行っていたADHDやアルツハイマー病患者の脳内研究で得た知見をマーケティングでも活用できる可能性があるとして設立。脳波測定やアイトラッキングによって、消費者の無意識下で起こる、感覚、感情、選好を明らかにし、顧客企業のマーケティング効果を高める支援を実施。フォーチュン500の米国大手企業が顧客に名を連ねていたという。
2011年3月、消費者分析大手ニールセンがNeuro Focusを買収。ニールセンはこの他にもいくつかのニューロマーケティング会社を買収し、それらを統合、新しいビジネスユニット「コンシューマー・ニューロサイエンス」を構築した。
このニールセンのニューロマーケティング部門では、脳波やアイトラッキング、生体情報の他、フェイシャル・コーティングと呼ばれる表情から感情を測定する技術を活用。広告用動画やデザイン、店舗内のレイアウトやディスプレイ、ソーシャルメディアやウェブデザインなどで消費者の無意識にアプローチする支援を行っている。
ニールセンが実施した動物福祉の非営利組織「Shelter Pet Project」の広告支援では、ニューロマーケティングの成果が数字に如実に表れた。Shelter Pet Projectは、捨て犬・捨て猫の問題を解決するために、Webサイトで犬や猫の里親を募集している。Webサイトへのトラフィックを増やすために、広告動画を配信していたが、視聴した人々のエンゲージメントをさらに高めるためにニューロマーケティングを活用。
動画に「顔」が映し出されているほうが、視聴者の感情が刺激されることが明らかになったため、Shelter Pet Projectの人気犬「ジュール」を前面に押し出した動画に変更。また、ジュールと組織URL、ロゴを同時に表示すると記憶に残りやすいということも判明したため、そのデザインを採用した。このニューロマーケティング動画を配信した3ヵ月後、Shelter Pet Projectウェブサイトの月間トラフィックは7万4,000から2倍以上増加し、17万4,000に達したという。
この他注目されるのは、ボディーランゲージや表情などから無意識を分析するAffectiva、Neuro Focusと同じくニューロマーケティングの草分け的存在Olson Zaltman、シンガポール発で2017年設立のNeurotrendなど。新旧様々なニューロマーケティング会社が存在する。

ニューロマーケティングにともなう訴訟リスク
既存のマーケティングでは知り得なかったインサイトを得られるニューロマーケティング。期待が集まる一方で、いくつかのリスクがともなうため留意が必要だ。その1つが訴訟リスクの可能性だ。
英ガーディアン紙によると、欧米の肥満研究の専門家らが、スナック菓子などのジャンクフードの広告で、ニューロマーケティング手法が使われ、子供たちの健康を阻害している可能性があるとして、食品メーカーに対して訴訟を起こすことを検討しているというのだ。
ある食品メーカーがニューロマーケティング会社を雇い、そのスナック菓子を食べている人の脳内で起こる反応を調べたところ、指に付着したスナック菓子の粉に対して「guilty pleasure(良くないとわかっているけどやめられない)」という感覚を持つことが判明。この知見を動画プロモーションに生かしたところ、広く拡散したという。
肥満研究の世界的権威、ケリー・ブロウネル氏はガーディアンの取材で、ジャンクフードのマーケティングが子供に与える影響を分析した研究が数多く実施されていることに言及し、もしマーケティングによって子供の健康が阻害されているのなら、ジャンクフードを販売する企業には法的責任が課せられる可能性があると指摘。ブロウネル氏によると、欧州の研究者や活動家は既にマーケティングが子供に与える影響について確信しているという。
英リバプール大学のジェイソン・ハルフォード氏は、米国ではいくつかの最新研究で、肥満児がファストフードの広告を見たとき、ロゴに反応していることが明らかになっていることに言及し、子供は広告に対して生物学的な脆弱性を持っていると指摘している。その脆弱性につけこむ行為は訴訟対象になる可能性があるということだ。
ニューロマーケティングは消費者の無意識を読み解き、最適な商品、サービス、コンテンツ、空間を作りだすことができる、企業と消費者にとって相互に恩恵をもたらす次世代のマーケティングといえるだろう。ただし、子供への影響や倫理的課題が指摘されており、その効果とリスクについては、広く議論が求められる。