いいねの「質」を問う
――では、奥山さんはどのようにエンゲージメントを設計していますか。
ブランドと時代との間にある、感情の接点を探すようにしています。ブランドが持っている歴史や存在価値、佇まいやシズル、生活者のインサイト、興味や悩み、トレンドなど、ブランドと時代の両輪で考え、どの部分にフォーカスすることで接点を作り、理屈を超えた感情の形で共有できるようにするかを考えるようにしています。
モバイルやソーシャルの時代になって、拡散や話題化に重点が置かれる仕事が増えて久しいですが、そのときも視点は変えないようにしています。バイラルするネタの片輪だけで考えてしまうと、ブランドにあるべき感情が蓄積しません。再生数やいいね数を集め、話題になることは素晴らしいですし、とても難しいことですが、話題化によってそのブランドがどう思われるようになったか、そのいいねの「質」を問うことが大事だと考えています。そのブランドが獲得するべき「いいね」は、「笑えるね」なのか「すごいね」なのか「イケてるね」なのか「かわいいね」なのかと。
映像でブランドを感情に昇華する
――奥山さんは、特に映像分野で活躍されています。中でも、ゲーム関連の作品が多いですね。
5年ほど前から、PlayStationを担当させてもらっています。
――ブランドの「感情」を生むことのできた事例はありますか。
ひとつ象徴的な仕事に「PS4® Lineup Music Video」という3年以上続いているシリーズの仕事があります。
仕事のはじまりは、映像素材をつないで新作ゲームを紹介するYouTube用カタログ動画、というシンプルなものだったのですが、スキップされずに何度も見られるコンテンツにできないかなと考えました。YouTubeで最も再生されるフォーマットはミュージックビデオ(MV)だろうと思い、MV仕立てでゲームを紹介してみようと。
PlayStation4(PS4)が世の中と共有すべき感情は「みんなの遊び心が生み出す高揚感」です。これには、ゲームについての普遍的な視点と時代的な視点があると思っています。前者の視点だと高揚感は、ゲームにおいてとても根源的で普遍的な価値です。最強の敵を倒したときや最高のエンディングに出会ったときに感じる、アドレナリンや感情が溢れ出る、あの感覚。それを求めてみんなゲームをしているだろうと考えました。
後者の視点だと、オンラインでつながってみんなで遊ぶスタイルのゲームが中心になってきて、PS4はゲームコンテンツを提供するプラットフォームなだけでなく、遊び心のあるプレーヤーたちが集まるコミュニティへと進化していく、という時代の変化があります。
この「みんなの遊び心が生み出す高揚感」という価値を、世の中に感情として持ってもらうために、遊び心を象徴するような複数のアーティストにコラボレーションしてもらい、音楽と映像の力で強い高揚感を生み出す、というのがこのシリーズのコンセプトです。そのために映像、トラック、歌詞、モーショングラフィックなどあらゆる要素を駆使してグルーヴを生むことを目指しています。

――まさに奥山さんのメソッドに沿って、ブランドとユーザーの間にエンゲージメントが生み出せている事例ですね。
クライアントからの評判も良く、これまでに10本以上制作しています。これまでコラボレーションしたアーティストも20人以上。PlayStationはみんなの「遊び場」なので、このフレーム自体がアーティストたちの「遊び場」になればいいな、というイメージですね。
同時代性の先にある、超時代性
――単なるバズではなく、ネット上でエンゲージメントを生むクリエイティブを作るために、どんなことが必要でしょうか。
ネットと親和性の高い話法とブランドや商品の魅力を掛けあわせることは、方法のひとつだと思います。僕の事例では、これもPlayStationの仕事ですが「GRAVITY CAT」がそれ。GRAVITY DAZE2という、重力が360度に変化し、上へ下へと落ちる快感を楽しむゲームのために作った映像です。
アイデアは非常にシンプルで、“重力変化”というゲームの魅力と、“猫動画”というネット動画の話法をかけ算し、実写かつ主観の映像にすることで、ゲームの魅力や快感を直感的に疑似体験してもらうというもの。“重力変化”は、GRAVITY DAZE2のゲーム体験が与える魅力の根幹であり、かつ、重力トリックを使った写真はソーシャルで人気なので、シェアされやすい映像になるだろうと考えました。また、ゲーム内で主人公をナビゲートする相棒として“猫”が登場するのですが、言わずもがな猫動画はインターネット最強のコンテンツのひとつなので、使わない手はない。
プロダクト視点とソーシャル視点との交点を見つけることで、プロダクトやその体験をエキサイティングに魅せるバイラルムービーにできないかと考えました。また、「圧倒的な何か」を映像に込めることも心がけています。YouTuberをはじめ、ネットで動画を制作している人の熱量は凄まじいものがあるので、突き抜けた要素がひとつでもないと埋もれてしまうので。

――確かに、たくさんの動画の中で埋もれないためには、突き抜けた内容が求められるのかもしれませんね。
圧倒的な何かが生まれるとき、そこにあるのは、誰か個人の強い意志だろうなと、日々思います。たとえば、このくだらなさが絶対におもしろいのだというクリエイターの意志。社会問題と向き合うというクライアントの意志。そういった誰かの強い意志が、コンテンツや施策に貫かれていることが、強い感情を生み出すには絶対に必要です。逆に誰の意志も入ってないものは、世の中から見てもどうでもいいものになってしまうなと。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
その時々の「同時代性」ばかり追い求めがちですが、その先にある、たとえば10年先も共感されるような「超時代性」に辿りつくようなブランドを作るお手伝いができるように精進していきたいです。今も語られ続ける広告やコミュニケーションの多くは、時代を超える普遍性があるので。変化が早い時代だからこそ、人の心に少しでも長く残るようなものを作りたいと思っています。