創造する消費者を理解し、真の「市場志向」を実現する
そこで、今回は、「ユーザー・イノベーション」というテーマで、論文を紹介していきます。以下、その内容を簡単に説明していきます。
近畿大学の廣田章光教授の論文(PDF)は、創造する消費者像の理解に適しています。近年、話題となっている自動車のアクセルとブレーキの踏み間違いを制御する「ナルセペダル」の開発事例をとりあげ、開発した鳴瀬益幸氏や関係者等を丹念にインタビューし、使用者と創造者という両面性が、ユーザー・イノベーションをもたらしていくメカニズムの解明を試みています。踏み間違いを起こさないペダル動作をイメージし、プロトタイプ(試作品)をつくり、それを使う中で、ペダル動作のイメージを修正し、再度プロトタイプをつくり使うということが繰り返されていくことで、開発されたと指摘します。つまり、単に使用者と創造者という両面性だけでなく、理想の使用イメージを持つことが重要なのです。
こうしたユーザー・イノベーションは、ユーザーが共創するイノベーション・コミュニティをベースに生まれることも多いのです。私の大学院ゼミ生であった大久保直也氏と私との共著論文(PDF)では、小型の動力付きの自動車模型であるミニ四駆のイノベーション・コミュニティを対象に、競技大会会場に9回出向き、73名のユーザーに面談法でアンケートを実施し、そこでのユーザーがもつ共創志向(仲間と協力したい)と競争志向(仲間に勝ちたい)が、ユーザー・イノベーションの質(機能性)・量(回数)・活用(競技成績)という成果に異なる影響を与えていることを明らかにしました。さらに、多様なイノベーション・コミュニティを、競争の有無という軸と、目的が開発か成果かという軸で、4タイプに類型化したことも本研究の成果といえます。

ユーザー・イノベーションを起こしたユーザーは、自らのイノベーションを個人の使用に留めず、それをもとに起業していくユーザーも存在します。重慶郵電大学(執筆時は立命館大学)の于キン先生の論文(PDF)は、釣用品産業の企業の最高責任者を対象に、368社にアンケート送付の結果、135件の有効回答を得て、こうしたユーザー起業家と一般的な起業家による企業の生産性を比較し、ユーザー起業家による企業が生産性を高めていく条件を考察しています。単に両社を比較しただけでは生産性の差はなく、ユーザー起業家は、自らのアイデアを実現するため自社開発にこだわりつつも、自ら経営をするのではなく他者に経営を委ねることが、生産性を維持していくことを示唆しています。
ここまでの議論では、エンドユーザーである消費者を中心にみてきましたが、産業財の受け手としてのユーザー企業も、ユーザー・イノベーションの対象に含まれます。そもそも、初期のユーザー・イノベーション研究の多くは、ユーザー企業によるイノベーションを研究対象としていたのです。日本大学(執筆時は阪南大学)の水野学教授の論文(PDF)は、ユーザー企業とメーカー企業との共創活動に焦点をあて、2,339件の電話調査の結果、847件の有効回答を得て、14の産業平均で約4割の企業が、ユーザー企業としてイノベーションを起こしていることを明らかにしています。さらに、追加インタビューを通して、イノベーションの発生しやすい産業として、メーカー企業により製品標準化が進む一方、ユーザー企業の置かれる環境の標準化が難しく、異業種からの転職者が多い産業であること、という条件を仮説的に提示しています。
このように、本特集を通して、ユーザー・イノベーションの実践や研究への理解が進むことを期待しています。さらに、ユーザー・イノベーションは進展する可能性をもっています。デジタルテクノロジー雑誌『ワイアード』編集長のクリス・アンダーソンは、消費者が自ら試作品を作れる 3Dプリンターの普及で、ユーザー・イノベーションがさらに進む可能性を指摘しています(参考文献『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』)。
消費者は、料理のレシピを考えるように、自らのアイデアを簡単に創作することができるようになるからです。その製品データのファイルを仲間と共有すれば、簡単に再生産することもできます。しかも、それらはメーカーによる製品の品質を上回っている必要もなく、自分が好きであれば充分なのです。このようにユーザー・イノベーションの裾野はさらに拡大していき、同時にマーケティングはさらに発展していくと推測されます。なぜなら、マーケティングの本質は、今までの前提に拘らず、変化していく消費者や市場の状況に創造的に適応していく、真の「市場志向」に他ならないからです。