客観的証拠の重要性が、普及の背景に
大倉教授によると、近年ニューロマーケティングが広がりを見せている背景には、様々な要因が関係しているという。ひとつは、脳波測定のデバイスが低価格化したことだ。
「かつては生体信号を計測するために数百万、数千万円するような機械を揃える必要があり、企業がマーケティングのために取り組むにはハードルの高いものでした。しかし現在は、たとえばニューロスカイという企業が2万円以下の簡易脳波計を提供しています」(大倉教授)

また大倉教授は、デバイスの低価格化以上に普及に影響を与えている要因として、客観的な証拠に基づいたマーケティングの重要性が高まっていることを挙げる。
「かつての日本は欧米などと比較して、人間関係やそれにともなう感情が、マーケティング上の判断に強く影響する傾向がありました。決裁者が『可愛がっている部下が開発した商品だから、発売しよう』と決定を下したり、公私ともに顧客と付き合うことで注文をとったり、というケースは少なくなかったはずです。
しかしモノを作れば売れるという時代は終わり、ECの普及などで購買スタイルも大きく変化しました。企業の考え方が、消費者の目線で本当に良い製品やサービスを創出していこう、そのために証拠に基づいたマーケティング活動を行おう、という方向にシフトしつつあるのです」(大倉教授)
さらにSNSやクチコミサイトの普及によって、商品の使用感や効果といった情報も消費者の間で広く共有されるようになっている。そのためどんなに良いプロモーションを行っても、利用時の満足度がともなっていなければ、手にした本人がリピートしないだけでなく、その商品を買おうかどうか迷っている顧客までも失うことになりかねない。
こうしたユーザービリティ重視の流れを受け、多くの企業でリサーチやシミュレーションを通じて消費者の反応を確かめ、改善を重ねながら商品開発を行うことが一般的になりつつある。ニューロマーケティングへの関心の高まりには、こうした時勢も強く影響している。
ニューロマーケ実施の具体的な流れ
ニューロマーケティングを実施する際、具体的にはどのような手順があるのだろうか。ニューロマーケティングの基本的な考え方は「人がある刺激を心地よく感じているのか、それとも不快に思っているのかを、計測した信号値によって推定していく」というものだ。シンプルで刺激の差が大きい実験であるほど、明確な結果が得られるという。
実験は一般的に、以下のフローに従って実施される。
ニューロマーケティングの実施フロー
1. 調査設計
2. 被験者の選定
3. 実施
4. 結果の解析
5. 解析結果の解釈
生体信号を用いた実験とともにアンケートやインタビューといった定性的な調査も実施し、両方の結果を踏まえてマーケティングの判断を行う場合も多いそうだ。
調査設計&結果の解釈は適切か?落とし穴に注意
企業がニューロマーケティングを取り入れる際に留意すべき点についても、大倉教授にうかがった。
まず調査設計のフェーズ。調査人数や被験者の選定が重要なのはもちろん、一度の調査によって結論を出して良いのか、日数を分けて複数回行うべきなのかといった観点についても、慎重に検討する必要がある。
また多くの被験者は脳波計を付けることでストレスを感じてしまうため、それに慣れる時間を適切に設定しなければ、正しい結果は得られない。
「コンピューター科学の領域には、『Garbage in, garbage out』、つまり、入力が正しくなければ出力も正しくならない、という言葉があります。意味のない実験をやって意味のない結果を出してしまい、それを基にマーケティング活動を行ってしまうのは危険。調査を適切にデザインし、正しい結果を導くことが重要です」(大倉教授)
さらに、出てきた結果の読み取りも慎重に行うことが求められる。専門的な知識の不足による間違いはもちろん、自社にとって都合の良い解釈をしたくなる誘惑にも注意が必要だ。大倉教授は「結果を見てどこまでのことが言い切れるのか、別の見方はできないのか、その刺激と結果は一対一で対応するものなのかといった点について、慎重に検討することが必要です」と呼び掛けている。