エンタメへの愛をブランドに転化する「タイアップ2.0」
――タイアップの再定義についてうかがう前に、そもそもブランドが音楽やエンタメと組む目的について、改めて教えていただけますか。
高野:「可処分精神の転化」と「ファネルを飛び越える力」の2つに集約されると思います。
「可処分精神の転化」というのは、人々の可処分精神を占めている音楽やエンタメとコラボすることで、そのコンテンツのファンを自らのブランドやプロダクトのファンへと転化させるケースです。
「ファネルを飛び越える力」については、アーティストやアニメとのコラボ商品が即完売する例をイメージしていただければと思います。ブランドは認知・興味・比較検討……とマーケティングファネルに対して個別最適化したアプローチを試みるのが通例ですが、音楽やエンタメとコラボした場合、ファンは認知した瞬間に比較検討を飛び越えて購入、さらに商品を推奨する役割まで担ってくれることもあります。
――2つの目的を達成するために、これまでのタイアップはどのようにアプローチしていたのでしょうか。
高野:これまでに多く見られたタイアップは、短期的なプロモーションのために用いられることが多く、限定のコラボ商品やテレビCMのタイアップなどが該当します。どちらかというと「ファネルを飛び越える力」を重視していて、短期的な売り上げに寄与するという効果はあるのですが、それ以上の広がりを生みづらい。
たとえば好きなアーティストと一度だけコラボしていた商品のブランドに、あなたは好感をもち続けるでしょうか。その時の好感度は上がるかもしれませんが、タイアップが終わると元に戻ってしまうことが多いはずです。つまり、「可処分精神の転化」という目的はこれまでの手法では達成することが難しい。
これが従来型の「タイアップ1.0」であるのに対し、ブランディングを目的としてより長期的な視点で音楽やエンタメを活用し、ブランドへの可処分精神の転化を図っていく。こうした取り組みを私たちは「タイアップ2.0」と呼んでいます。
なお「タイアップ1.0」と「タイアップ2.0」に優劣があるというわけではなく、その時々の企業やプロダクトの課題によって使い分けることが重要です。
他社が短期的に追いつけない、強いブランドを醸成
――「タイアップ2.0」を通じてブランディングを行う利点について、教えてください。
高野:音楽やアーティストとの取り組みから例に挙げて説明しますと、音は記憶に残る力や想起させる力が強いということです。たとえばJR東海の「そうだ 京都、行こう。」の曲を聴けば、電車やテレビCMのワンシーンを思い出す方が多いでしょう。
また同じ音楽を使い続けることで、その音楽がもつイメージやメッセージがブランドにも浸透していき、長く残るブランドの資産となっていきます。
さらに音楽やアーティストをしっかり理解し、愛とリスペクトのある姿勢をもってコラボし続けていると、可処分精神の転化が起こります。ファンたちが、ブランドもそのアーティストを応援する一人だと感じてくれるようになり、音楽に対する愛や熱狂がブランドにも向けられていくのです。
こうして醸成されたブランドイメージは、他社が短期的に追いつこうと思っても不可能なもの。その意味で「タイアップ2.0」は、大きな投資効果を期待できるものと言えます。
可処分精神の転化を仕掛ける、3つのポイント
――ブランディングを強く意識した「タイアップ2.0」を実施するにあたっては、これまでとは違った点にも気を配る必要がありそうですね。
高野:おっしゃる通り、ただタイアップを実施すればよいというものではありません。ブランドへの可処分精神の転化を図っていくには、3つのポイントを押さえる必要があります。
1つ目は、「トライブ」です。トライブとは、「年代や性別を超え、共通の趣味や興味、価値観で形成される部族」という意味。その音楽やエンタメにおけるトライブを的確に見極めてアプローチしなければ、可処分精神の転化は起こりません。
2つ目は、「文脈的価値」を創造すること。より具体的には、「わかってるね感」もしくは「そうきたか感」を生むことです。「わかってるね感」は、「このブランドは、私の好きな○○のことをしっかりわかっているな」というファンの納得感を生み出すもの。「そうきたか感」は、音楽やエンタメの文脈や背景を理解しつつ、ファンの想像を超える結びつきを起こすことです。
3つ目のポイントは「継続性」。ブランディングと同様、可処分精神の転化は短期間で起こるものではなく、ある程度時間がかかります。一貫して取り組まなければ、そのたびに新たにブランドアセットを作り直すことなり、効果は薄くなってしまいます。
この3つを意識することで、音楽やエンタメを短期的なマーケティングの「手段」とするのではなく、中長期的な戦略パートナーに位置付けていくことができるでしょう。