おいしさ以外の価値を見つける
MarkeZine編集部(以下、MZ):カルビーの商品開発拠点「Calbee Future Labo(カルビーフューチャーラボ:以下、CFL)」とはどういう組織なのでしょうか。
山邊:立ち上げは2016年10月です。当時カルビーの業績は非常に堅調で、9年間で売上はほぼ倍に伸びていました。しかし大きな問題も抱えていて、10年間ヒット商品が出ていなかったんです。CFLはその問題を解決するためのチームで、大きなイノベーションを起こせるように社外の人材を入れようということになったそうです。食品業界以外からも招聘され、私もその一人です。現在CFLは私を含めて6人で、異業種から転職してきた者が3人、プロパー社員が3人でやっています。
MZ:CFLの商品開発の特徴とはどういったところにあるのでしょうか?
山邊:食品メーカーが商品開発で目指すのは、ほとんどの場合味をおいしくすることです。でも、もし味にラーニングカーブがあるとするなら、それは既に上限に近づいているのじゃないかと思うんです。これをさらに高めようと思うと相当時間がかかり、あまり得策ではないでしょう。ですので、結果的においしいものができればそれは良いのですが、商品開発において、何か味以外のバリューがあるものを作ろうとしているのがCFLの特徴です。メンバーには常々「味に逃げるな」と話しています。
“圧倒的な顧客志向”を実現するために
MZ:CFLの理念に「圧倒的な顧客志向」が挙げられていますが、どのようにして実現しているのでしょうか。
山邊:新規事業においては、何が正解かは誰もわかりません。唯一、正解を知っているのはお客様だけです。そのため、圧倒的な顧客志向を実現する一つの方法として、生活者の方にご協力いただくサポーター制度を設けています。現在1,300人ほどのサポーターがいるのですが、我々のインタビューに答えてもらうこと、試作品の試食をして評価してもらうこと、商品が完成したらPRしてもらうことの3つをお願いしています。すごく図々しいお願いをしているのですが、だからこそ当事者意識を持ってもらえるところもあって、僕たちにとって大事な存在です。CFLのメンバーは6人しかいませんが、1,300人のサポーターとこれまで僕がお会いした企業の方が約2,000人いるのですが、この3,300人ほどのチームでやっているという風に考えています。
MZ:サポーターにはどのようなインタビューをしていますか。
山邊:みなさんに1週間の生活を赤裸々に書いていただいて、それを基にどんな生活をしているかをヒアリングしています。そうすると、その人の好きなことや嫌いなこと、悩んでいること、人間模様などが垣間見られます。商売として短期的な結果を求めて、食に関する顕在化したニーズを確認する調査を行うことはあるでしょう。たとえば、新しい味の提案のためにとか。ですが、そういったことはCFLの仕事ではないと考えています。顕在化していないものを掘り当てるために、もっと根幹の部分を深ぼっていく必要があるのです。
琴線に触れる言葉を探す
MZ:集めたインタビューはどのように活用していますか。
山邊:インタビューの中から得た気づきを、付箋に書いてCFLのフロアの一角にバーっと貼っています。そうした声は、アナログで活用しています。というのは、多数決の意見でものを作らないからです。たった一人しか言っていないことかもしれないけれど、ものすごく琴線に触れたものを突き詰めていくと、結構多くの人の共通の悩みだったよねというような潜在的なニーズを発掘しようとしています。
MZ:琴線に触れるのは、どういった声なのですか?
山邊:たとえば自分の中で諦めたり割り切ったりしてしまっていて、当事者が自覚していない願望みたいなものです。そういうものは、インタビューでも本人の言葉から直接は出てきません。そのために、大学生にインタビュアーをしてもらっています。社会人には当たり前になってしまっていることも、大学生から見ると驚きや疑問に感じるという違いをあぶり出してもらおうと思っていて。そういうところから、「言われてみれば確かにそうだよね」という気づきが得られます。
属性で分けない、領域を絞り込まないデータ活用
MZ:琴線に触れた個の意見をキャッチアップすることと、データ活用は対極にあるように思えますが、ヴァリューズではどのような支援を行ったのでしょうか。
山邊:僕らがインタビューの中で、ちょっと気になったテーマを深掘りして調べてもらったりしました。併走するパートナーとして「こんなことを調べて欲しい」という話をして、キャッチアップしてもらっているという感じですね。
和田:毎月打ち合わせをしているのですが、山邊さんが持ってきた気になるキーワードをヴァリューズ独自保有の約30万人のパネルデータを使用して調査したり、ソーシャルリスニングをしたりします。そうしたデータからなんらかの答えが出てくるという前提ではなく、データは仮説を確認するためのもので、最終的にはディスカッションして人間が考えていくというやり方で進めていました。
山邊:よく行われるターゲットを絞って、領域を絞って、こういう層にどういう商品を作るべきかというやり方を僕はつまらないと思っていて。狭めたって正解かどうかわからないから、広げるだけ広げてやった方がおもしろいと思っているんです。あと、年齢や性別といった属性に囚われてステレオタイプなイメージを持ってしまいがちですが、それを全部ぶち壊したかったんです。
和田:データの読み方も気をつけないと恣意的になってしまうことが少なくないですね。広げて考えたほうが気づきも多かったりします。山邊さんとのお仕事では一つのデータソースから答えを急ぐのではなく、手に入るいろいろなデータソースから多面的に人の悩みについて考えていました。たとえば同じトピックでもSNSでよく言われていることと、検索エンジンでよく検索されていることにはギャップがあって。
山邊:他には、いろいろな人のデジタル上での行動履歴を1週間取って、その推移を見られるツールを作ってもらいました。データってある意味無機質なものですが、そこから垣間見られる物語があっておもしろいんです。その人がこういう言葉を検索したということは、どんな心持ちでそうしたかを想像して、立体化していきました。
和田:人格って今の時代では多面的になっていて、おそらく同じ人でも場面によって見せている面が違っている、どっちが正しいというよりもどっちも本当の自分みたいな人は特に若い人には多いように思います。データはあくまで一面を計測したものなので、一面から全部がわかるわけではない。データを通して裏にある現象を捉えるような取り組みですよね。
MZ:ヴァリューズで分析したデータは、どのように商品開発につながりましたか。
和田:実は最終的にどういった部分に反映されているのか、私自身もわからないんです(笑)。
山邊:ヴァリューズさんにやっていただいたことは、広げるプロセスにおいてとても重要だったんですよ!(笑) きれいに整理された情報から新しいものが生まれてくることはありません。いろんなことが折り重なって生まれてくるものです。そのためには視野を広げるプロセスが欠かせないのです。
新しい価値を提供する商品
MZ:これまでにCFLで開発された商品について教えてください。
山邊:第1弾商品の「ふるシャカ」は、サイコロ状のポテトスナックに味付けパウダーを入れてシャカシャカ振って混ぜるお菓子なんですけど、そのときに出る音で応援するという商品です。音って、食においては基本的にネガティブな要素なんです。それを応援という、する側もされる側も嬉しいポジティブな行動に使えるようにしたアイテムです。これも発想を広げて、インタビューやデータ分析の結果からたどり着いた一つの形です。
応援というコンセプト以外で価値を高めるという点ではパッケージにもこだわり、建築家の人にデザインをお願いしました。カルビー発祥の地でありCFLの拠点である広島で第1弾を発売。今年は東北バージョンを発売し今後も全国に展開していく予定です。
MZ:CFL発の第2弾商品も完成しているんですよね。
山邊:「のせるん♪」という、パンに乗せて焼くだけで食べられるレトルトのおかずを作りました。流通の方からは、もっと安いレトルト商品が既にあるので絶対に売れないと散々言われたのですが、7月にクラウドファンディングをやったら4日で完売しました。この商品のコンセプトは、親御さんの罪悪感を軽くすることなんです。ちゃんと作る時間はないけれど、温かくて手作り感もあり、三大栄養素のバランスが良いものを家族に食べさせたいというニーズに応えているわけです。大きなジャンルでいくと似たような商品があるかもしれませんが、その背景にある悩みや概念がまったく違います。
もっとお客様のことを知るために
MZ:山邊さんから見て、パートナーとしてのヴァリューズの強み、一緒にやってよかった点はどんなところですか。
山邊:僕は相当面倒臭いことを言ったと思うのですが、和田さんは一度もノーと言わなかったですね。ヴァリューズさんには、定型のフォーマットでアウトプットするだけじゃなくて、僕のオーダーメイド的な依頼にもいとも簡単に対応できる能力を持った人材がズラリと揃っています。多分、データを見るって想像力を要することですよね。
和田:データは既にあるものの延長なので、もう決まっているものの運用の場合は良いのですが、ゼロからイチを生み出すときには、いいジャンプをできるための土台を作ることが大事だと思っています。そのジャンプには、想像力が必要になりますね。
MZ:和田さんから見て山邊さんとのお仕事はいかがでしたか。
和田:山邊さんは、周りの人に応援したいと思わせる方です。それで、いろいろなパートナーの方と一緒に新たなものを作り上げていっています。
山邊:それは嬉しい話ですね。よくメーカー側が外部の企業の方を「業者さん」と呼びますが、僕はそれが嫌いで、パートナーさんと呼んでいます。業者さんというのは、メーカーからの依頼をしっかりやるのが仕事ですから、ある意味それ以上の結果にはならないんですよね。でも僕は食品作りにおいては素人ですから、パートナーさんには、具体的な指示はせず「こんな物を作りたいのです」とコンセプトを伝えます。それを製品として形にするためには、そこに必死に知恵を絞ってくれる方々の協力が必要不可欠です。パートナーさんも具体的な指示がないことに最初は戸惑うのですが、だんだんおもしろがって僕らが想像していた以上の物を作ってきてくれたりするんですよ。一方で、「カルビーはもっとお客様のことを知るべきでは?」と思ってしまうことがあります。
MZ:それはどうしてでしょうか?
山邊:メーカーはどうしても流通を通してお客様を見ますからね。既存商品の強みもありますし。CFLでは、日常的にサポーターの方と触れ合い、お客様の生の声、本音が集まっています。それらとヴァリューズさんのような異業種のパートナーさんやデータを掛け合わせることで、本質的な顧客ニーズに応える商品を生み出していければと考えています。こういったやり方は遠回りのように見えて、新しい価値を提供していくために結局は近道になると思っています。