広告代理店と向き合う業務のバリューが少ない理由は?
野崎:物理的に時間を作り、本来行うべき業務に向き合う時間を作り出すのに挑戦したのですね。それによって生み出されたブランドマネジメントとファンマーケティングの組織は、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。

窪田:どのようなイメージを持ってもらいたいのか、どうやってユーザーを獲得したいのかについて考えるのがブランドマネジメントチームの役割です。一方ファンマーケティングチームは、遊んでくださっているファンの方に対して、リアルイベントなどを通して熱量を上げていく役割を担っています。
野崎:得意であった広告代理店と向き合う業務に対してバリューが少ないと感じたということですが、答えられる範囲で具体的に教えてください。
窪田:実際働いていて感じたのは、たとえば月間1,000万円の広告費のマネジメントと、5,000万円の広告費のマネジメントに対する工数はほとんど変わらないということです。加えて、先ほどもお話ししましたが広告から生まれる売上は、当社の場合ですが全体の比率で見れば多くありません。
広告にフルコミットすることで、広告から生まれる売上を100%から120%に上げることはできても、タイトル全体の売上を200%に伸ばすことは厳しいと感じました。ただし、今の体制ではそれが実現できると実感しております。実際にサービスローンチから2年かけてDAU規模を3倍まで成長させた事例も出てきました。
2つの組織を分けて得られた恩恵
野崎:2つの組織に体制を分けて変化はありましたか。
窪田:結果的には良い方向に転換しています。ただ、成果が出るまでの期間が長くなりましたね。デジタル広告は成果がすぐ見えるので高速でPDCAを回せます。一方、ブランドマネジメントやファンマーケティングはLTVやROASを重視しながら、長期で施策を行うのが前提となっています。
ずっとデジタル広告畑で仕事をしてきたので、なかなか目に見える成果が出しづらく、最初は歯がゆい思いをしていました。
ただ、ブランドマネジメントとファンマーケティングを地道に取り組み、ファンのエンゲージメントを上げることに徹しているうちに、徐々に様々な数値が改善し始めたんです。たとえば、登録から90日経過するまでの長期継続率が上昇したり、ARPPUが上がってきたりなど、一概にマーケティング施策だけが影響しているとは言えないですが、確実に良い影響が出ています。
野崎:これは事業会社に転身したから実現できているわけでは決してなく、数値が見やすいサービスに携わり、全体の売上に関わる意思決定に踏み込んでいけるだけの力が培われてきたからだと推察されます。社内調整や政治に時間が取られる人も少なくありません。目先の利益が求められやすいなか、中長期的な成果を追うには、会社がマーケティングへ理解を示していることも必要ですよね。
窪田:そうですね、当社では売上や利益といった数字を当然大事にはしますが、それ以前に「なぜやるのか?」といった「WHY」を重要視する企業文化があります。数字が可視化しにくい施策であっても、タイトルにとって重要な「WHY」であれば、実施してみるといった文化が強いです。だからこそ、ファンとのエンゲージを上げるための施策に振り切れたと思っています。
細部にこだわったコミュニケーションで付加価値を
野崎:今後取り組みたいと考えていることはありますか。
窪田:ゲームアプリのマーケティングは楽しいということを発信していきたいですね。ゲームアプリのマーケターってあまり表に出ていないし、目立てていないんですよね。ただ、目立たないから業務も地味でおもしろくないということはありません。特に当社の場合、他業種の大手ブランド広告主が行っているような施策も実施できる環境が整っています。
ゲームアプリのマーケティングの楽しさをさらに発信し、優秀なマーケターが興味を持ってもらえるような土壌を今後数年で構築していきたいですね。
野崎:最後に、マーケターとして施策を積極的に回していける条件が整っていることが多いゲームアプリ業界のマーケティングが、どう変化していくと予想しているか教えてください。
窪田:拡大解釈かもしれませんが、私たちはゲームアプリをラグジュアリーブランドと同等に捉え、どのような価値が提供できるか常に議論しています。消費財や家電などとは異なり、モバイルゲームの価値は非常に目に見えづらいものだと考えています。それでもこのゲームなら対価を払ってもよいと思ってもらえるような、目に見えない付加価値を感じてもらえるかどうかが勝負なんです。
そのため、先述した通りラグジュアリーブランドなどのマーケティングも参考にしています。数千円で質の良いバッグが購入できる時代に、数十万のブランドバッグを買うのには、目に見えない何かに価値を感じているからです。そのような付加価値は、バッグ自体のデザインや完成度だけでなく、店舗の内装や店員の態度など、様々な顧客接点の中で醸成されているものです。
当社もそのような付加価値を演出できるよう、細部にもしっかりこだわってプロダクトを作り込み、ユーザーとコミュニケーションをとっていきたいです。
野崎:窪田さん、ありがとうございました。日々のキャリア設計のコンサルティングにおいて、デジタルエージェンシーなどのパートナーサイドから事業会社のマーケターに転身したいと考えている人は、体感値ですが潜在層を含めると3分の2程度はいます。
ただ、パートナー時代に得られた知識を事業会社で横展開するだけでは、マーケターのキャリアアップには限界があり、市場価値も頭打ちになるのが現状です。窪田さんのように、本来マーケティングで取り組むべき売上最大化にチャレンジできるようになるには、積み上げたキャリアを捨てる覚悟が必要になることも、日頃から意識してキャリア形成しておくのが今回のポイントではないでしょうか。