「蔦屋家電+」が顧客とメーカーに提供する価値
二子玉川 蔦屋家電の1階部分に展開している蔦屋家電+では、通常の店舗では入手しにくい、アイデアの光る商品を扱っている。メーカーは定額料金を支払うことで、一定期間、出展することが可能だ。
たとえば、パナソニックが開発中のスマート食器「DishCanvas(ディッシュキャンバス)」は、スマートフォンで柄を変えることができる。クラウドファンディングに挑戦しているシチズンのスマートウォッチ「Eco-Drive Riiiver(エコ・ドライブ リィイバー)」や、埼玉県の町工場が製造しているポータブル給湯器「ERIF OUTDOOR GAS BOILER」にも注目が集まった。


木崎氏は「蔦屋家電+」を通して、次の4つを実現することを目指した。
1. 「購入はECでも、実物を見てみたい」という顧客のニーズに応える
2. メーカーの挑戦を応援する
3. 物販だけでないリアル店舗の価値を創出する
4. 販売員の役割を再定義する
「商品を売ることだけを目的とした店舗は、様々な面で限界を迎えつつあると思います。まず、お客様にとって最も便利な『実物を店舗で確認し、ECで購入』という導線を推奨できない。
また、せっかくメーカーがユニークな商品を開発しても、それがマス向けでない場合、在庫リスクの観点から仕入れるのが難しい。話題性の乏しい店舗は集客に苦戦し、余計にモノが売れなくなってしまいます。販売員も商品を売ることがKPIになっていて、売上につながらなければ評価してもらえない。このような構造をなんとかしたいと考えていました」(木崎氏)
この目的に基づき、蔦屋家電+は、店舗が体験とコミュニケーションの場となるよう工夫を凝らしている。展示するプロダクトは定期的に入れ替えられ、来店のたびに新しい体験を提供。また店舗での物販は行っていないため、顧客は商品のお試しや販売員との会話を、気兼ねなく楽しめる。
さらに、店内にはAIや画像解析システムを実装し、メーカーは匿名化された来店者の滞留時間や属性情報を取得できる。加えて、販売員が接客によって引き出した顧客の生の声も、開発に活かすことが可能だ。現在は、1プロダクトにつき30日間で約7,000件の顧客属性、50件ほどのアナログ接客データをフィードバックしているという。
顧客にとっては、ユニークな商品を体験し、開発プロセスに参加できるという価値があり、メーカーはデータ取得やPRが可能、そして店舗は話題性を保ちながら、出展料によって安定した収益を得られる。三方よしの新しいビジネスモデルが生まれつつある。
リアル店舗は「最強の顧客接点」再び重宝される時代が来る
蔦屋家電+の根底にあるのは、「C2M(コンシューマー to メーカー)」という考え方だ。

従来、リアル店舗は川下に位置し、メーカーが作った商品を仕入れてコンシューマーに提供するのが仕事とされていた。しかしこの流れを逆向きに捉えると、顧客の情報や意見をメーカーに届け、商品開発を支援できる可能性が見えてくる。リアル店舗は、顧客とメーカーを繋ぐメディアになり得るのだ。
木崎氏は、リアル店舗は「顧客接点の最も重要なプラットフォーム」として再び重宝されるようになり、ものづくりの未来を変える存在になると予想している。
「リアル店舗は形を変えて生き残っていくはずで、そのためのカギとなるのが、人のハートに働きかける“情緒的価値”だと思っています。なんでもシステム化、デジタル化するのではなく、少しだけ、温かみのあるアナログな部分を残しておく。蔦屋家電+はそうした情緒的価値を大事にして、これからニューリテールに挑戦していきたいと思います」(木崎氏)

木崎氏は最後に、小売を取り巻く状況を理解する手がかりとなる書籍として、『小売再生―リアル店舗はメディアになる』(ダグ・スティーブンス 著)、『事例でわかる新・小売革命—中国発ニューリテールとは?』(劉潤 著)『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文/尾原和啓 著)の3冊を紹介。「一番強く伝えたいメッセージは、リアル店舗は今とてもおもしろいということです」と述べ、セッションを締めくくった。