事業開発でもがく日々
野崎:しっかりとチャンスをつかみ希望する事業開発にたどり着いたわけですね。その後、Fringe81にジョインしてからはアドテクノロジー領域にどっぷりと浸かったキャリアでしたね。
佐藤:そうですね。第三者配信アドサーバ「digitalice(デジタリス)」やタグセキュリティサービスの「TagKnight(タグナイト)」などを作り、サービスが大きく成長するまでコンサルティングをしていました。
ただ、思ったように成長しないこともあって、事業開発の難しさを感じた時期も多くありました。自分たちのサービスは素晴らしいという自己確信と、サービスが必要とされていないんではないかという無価値を行き来するので。

野崎:プロダクトオーナーとして社内起業していく感覚に近そうですね。そうだとすると、事業がうまくいかないと社内で孤立してしまうシーンもあるのではと思ったのですが、いかがでしょうか。そういった理由でキャリア相談をいただくことも一定数あります。
佐藤:当時の経営陣は「経営の意思決定だから責任は持つ。思いつめなくていい」と背中を押してくれました。もちろん、やるからにはきちんと仮説を持って事業計画を作ってコミットする必要がありますが、非常にやりやすい環境だったので、今でもとても感謝しています。
野崎:事業開発をする上で、経営陣の理解があるということは非常に大事ですね。逆に営業会社で開発に疎い経営陣と対峙し苦しむ方を複数見ているので、社風や経営者の考え方を事前に把握した上で、チャレンジする場を選択するのは重要な要素です。この点しっかりとクリアにされていますね。
その上で事業開発を成功させるために、意識していたことはありますか。
佐藤:今この課題を解決すると世の中が良くなること、みんなが困っていることに対して旗を立てることを意識していました。加えて、提供しているものの意味が本当にあるのかを考えながら取り組んでいました。
佐藤さんが転職を決めた理由
野崎:さて、私もビックリしましたが、今回の転身に至った背景はどのような点でしょうか。
佐藤:シンプルに、世の中をもっと良くしたい。起点はそこです。私はインターネットが好きで盲目的にインターネットの発展が格差をなくし人々に幸福をもたらすと信じてやってきましたが、どうもそう単純じゃないなと気づいてしまいました。それでしばらくもやもやしていたんです。
というのも、アドテクノロジーには2006年からずっと携わっていましたが、ここ数年の変化はとてつもなく大きいことが背景にありました。スマホとSNSがひとりひとりに浸透していくに連れて広告とユーザの関わり方も変化していき、アドテクノロジーという次元でなく企業と人がどう関わっていくかということからデザインし直す必要があるなと思っていました。
一方私個人としては、未だに肉親がスマホの設定ができなかったり詐欺の様なサイトに誘導されて困っていたりする姿を見て、「自分、全然世の中を良くしていないじゃないか」と感じたんです。だから高いリテラシーを必要とせずにテクノロジーの良い面を感じられるようにしていきたいなと思うようになったのがきっかけです。
野崎:時代の流れに合わせて興味関心の対象が変わっていったのですね。今の会社に決めたポイントはどこだったんですか?

佐藤:一つは、機械学習などの先端情報技術を使ってきちんとプロダクトに落とし込んでおり、その収益化に成功している数少ない会社だったのがありますね。また、そうした事業を生み出す優秀な人材が豊富であることも見ていました。さらには、先端情報技術は研究開発で止まってしまうことも多いですが、きちんと実装して事業にしようという想いが強いところがとても素晴らしいと感じました。
たとえばマーケティングソリューションの中には、可変項目が多くてソリューションのことを熟知した人でなければ操れないものがあると思います。そういったソリューションもまだまだ必要だとは思います。ただ私はもっと誰でも簡単に使えるようなものを作りたいんです。そのためには先端情報技術が必要で、特に機械学習は不可欠だと思っています。
昨今プラットフォーマーが提供している広告の多くは自動化が進んでいますが、それは機械学習アルゴリズムの実装が大きく影響しています。そのような形で先端情報技術の社会実装に取り組む会社ならば、価値あることに取り組めるのではないかと考えていました。
野崎:テクノロジー、とりわけ機械学習の恩恵を受けたのが、広告でありマーケティングであるという考え方でしょうか。では、今後はどういったことに取り組みたいですか。
佐藤:世の中を支えている様々な産業をテクノロジーでより滑らかにし、様々な課題を未来に向かって解決し、価値創造していきたいです。特に、人の心を動かすエモいテクノロジーを実装したいと思っているので、ご期待ください(笑)。