競合同士からビジネスモデル同士の戦いへ
富永朋信氏、中村淳一氏という2人の猛者を迎え、「忘れてはいけない、マーケティングの本質を再考する」と題された本セッション。モデレーターを務める山口氏は「さすがに今日は大きなテーマで緊張している」と切り出したが、予定調和のないディスカッションは長丁場ながら3名とも手を緩めることなく、鋭い視点が満載の時間となった。
この大きなテーマに近づくため、はじめに「マーケティング領域においてこの10年で変わったこととは?」との問いから議論はスタート。2008年にiPhoneが日本含む22の国と地域で発売され、Twitterが日本に上陸した、その翌年がちょうど10年前だ。「Twitterの登場はエポックメイキングでした。マーケターにとって、コミュニケーションデザインの深みやバリエーションが一気に増したと思います」と富永氏。
一方、中村氏はコンシューマー(消費者)、コンペティター(競合)、カンパニー(自社)の3Cの変化をそれぞれ挙げる。まずコンシューマーの変化として、「最も大きいのはスマホの登場だろう」と話す。
「2009年からシンガポールに赴任し2013年に帰国した際、街中に外国人が増えたことに驚きましたし、以前よりも“個性があってよい”という風潮や価値観が広がったことも強く感じました。共働きの増加などもあってライフスタイルが多様化して、個の時代を迎えたのだと思います」(中村氏)
コンペティターの観点からは、競合の定義が変わったことを指摘。テクノロジーの発展によって、自動車の競合が同じ車ではなく配車やカーシェアリングのサービスなどになっており、ビジネスモデル同士の戦いが繰り広げられるようになった。
そしてカンパニーの観点からは、cookieからCRMデータまで、企業が持つデータアセットが圧倒的に増えたことを挙げる。
変わった事象から考える、変わらない部分
山口氏も自身のコンサルティング経験から、「10年前までは遠い未来を構想する目的のプロジェクトが多かったのですが、もはや現在は構想したことはテクノロジーの進化とコストダウンによってすぐに実装可能なので、そうした“構想だけの案件”がまったくなくなりました。また、携帯電話市場が典型的ですが、昔は商品コンセプト勝負で気が利いたものが売れることがあったのですが、現在ではコンセプトだけで市場シェアは大きく動かないし、シェアが獲れても収益を確保できなかったりします。『どのプラットフォームに乗るのか? または、作るのか?』という視点やビジネスモデルの視点から取り組まないと厳しい市場が増えてきている」と話す。
情報量が増大していることは、当然企業と消費者との関係性にも大きな影響を与えている。以前はブランドがメッセージを一方的に伝え、それによってパーセプション(認知、知覚)を高めていたが、消費者側が発信する情報量のほうが多くなっている今、企業がパーセプションをマネジメントするのは難しくなっている。
何か商品に関する情報を知りたい場合、企業に求めるのではなく、SNSや口コミサイトを頼ることが一般化した。同時にこの情報量の中では、無意識に必要な情報を選び取り、不要なものは排除するスピードが急激に速まっているという説もある。
だが、見方を変えれば“必要な情報を選び取る”こと自体は昔から行われてきたことでもある。たとえば新聞なら、総覧してから気になる見出しの記事を読んでいく、という流れだ。
「人の態度変容と購買行動は、従来も単独商品と消費者との関わりだけでなく、その周辺にある生態系でのやり取りの結果で起きてきたことです。ただ、その生態系が以前はマスメディアと店頭くらいで構成されていたのが、今はSNSもあり口コミサイトもあり、と接点が増えている。そういう変化はあります」(富永氏)
つまり、環境や情報の流通は変わっているが、あくまで人間の特性は変わっていないわけだ。