電通グループで迎えた大きな転機
野崎:アイティメディア時代の経験が、データへの道を開くきっかけとなったんですね。その後、デジタルエージェンシーである電通レイザーフィッシュ(現電通アイソバー)に転職されていますが、その理由を教えてください。
渡邉:アイティメディア時代に、第3者配信アドサーバー(3PAS)と呼ばれるメディア横断の配信・効果測定ができるアドテクノロジーを知り、その技術に関心を持つようになったからです。電通レイザーフィッシュでは当時3PASをデジタルエージェンシーとして扱っていたので、その導入支援を仕事にできたらと思い、転職しました。

野崎:やりたい仕事を見つけて転職したわけですが、実際に入ってみてどうでしたか。
渡邉:非常に難しかったですね。3PASの仕組みは当時素晴らしいと思って提案していましたが、そのよさがお客様に中々伝わりませんでした。代理店として売っていたこともあり、サービスを深く理解しきれていなかったのだと思います。
野崎:次のサイズミック・テクノロジーズ(以下、サイズミック)に転職を決めたのにも、この状況が関係しているのでしょうか。
渡邉:そうですね。電通レイザーフィッシュにいたときに、サイズミックの3PASの技術力が高いことを知っていて、同社の日本法人立ち上げに携わっていた布施さんからヘッドハンティングを受けたんです。
野崎:それですんなり転職したのですか。
渡邉:いえ、最初は断りました。当時は30歳手前で出産など女性としての今後を考えたときに、電通グループのほうが外資系の日本法人よりは安心感があるのではと思ったからです。
でも、布施さんとランチをしたときに「挑戦するかしないか迷っている」と伝えたら、「それは挑戦したことがないだけ」と言われて、すごく悔しくて見返したいと思い、入社しました。
周りを巻き込む交渉力を会得
野崎:外資の日本法人の立ち上げ期だと、電通グループに比べたら会社の体制として整っていない部分はあるかもしれません。かなり大きな決断だったと思いますが、どうでしたか。
渡邉:確かに、最初はいろいろと大変な思いをしましたが(笑)、楽しく仕事ができていたと思います。
野崎:サイズミックには6年ほど在籍していたわけですが、転職してどういったことを学びましたか。
渡邉:与えられた枠組みを出て交渉・提案していくことですね。それまではお客様の予算ありきで、その枠内で提案をしていました。しかし、布施さんから「相手が本当にやりたいことは何かを考えて、交渉しろ」と教えられました。お客様の提示条件には実は根拠がないこともあるので、提示条件に合わせて提案するのではなく、実現したいことにフォーカスして提案することの重要性を知りました。
また布施さんは、入社2ヵ月目の私を一人残して長期出張に行ってしまうほど、任せてくれる方でした(笑)。さすがに不安だったのですが、よくわからぬ状態ながらも、広告会社などと工夫しながらやりとりしていたので、交渉・提案スキルは大きく伸びたと思います。
野崎:よくわからぬ状態から交渉・提案スキルを身に付けるのは非常に大変だと思いますが、どのような工夫をしたんでしょうか。

渡邉:ひとつは、自分だけがどうこう、というのではなく、人に恵まれたということが大きいです。当時の第三者配信は、新しく革新的な技術なので、そういったものを導入・検討する方々はアーリーアダプターということになります。基本、熱意のある方々なので、そういった方々との前向きな議論を通じて成長させていただいたと思います。
また、決裁権を持った人を引き出すための工夫も学びました。具体的には、「サイズミックのAPACの責任者を同席させるので、ぜひ責任者を同席させていただけないか」など、自分だけでなく、自分より詳しい人や責任のある人をカードとして出していくようにしました。
野崎:周りを巻き込むのは非常に重要ですよね。
渡邉:そうですね。ときには無い袖を振ることもありました。グローバルでの開発スコープと、日本が求めるスコープが違ってしまったときに、日本で協力者を見つけてローカルで開発してしまうことも。後にグローバルに対する好事例として紹介するに至りました。
また、社内でのネットワークづくりの大切さも学びました。ある企業との交渉時には、カントリーマネージャー同士の調整を経て、当時オーストラリアにいたクリエイティブのスペシャリストを日本に常駐させるといった提案が実現したこともありました。上司などに上手くバトンをつなげば成功するのだと、周りを巻き込む重要性を実感した出来事でしたね。