ポスト・コロナの日々へ向けて新たな構想を練る
期待を集めていた日本の観光産業。しかし一方で、その発展とともに負の側面も目につくようになっていた。押し寄せるツーリストの人波で風情の失われてしまった名勝など、情緒的な問題だけはでない。交通、ゴミ、治安といった地域のインフラも打撃を受けていた。そこに地価や家賃の上昇が加わることで、住民の追い出しにつながっていくことも危惧されていた。
こうした問題はやがて、地域に労働者不足などの問題を引き起こし、負のブーメランとして観光産業にもはね返っていく。机上論ではない。日本の観光産業がベンチマークとしてきたバルセロナやサンフランシスコなど、世界の先進観光地では既に起きている現実だった(カー・清野 2019)。

観光産業の持続的な発展をはかるには、対立する問題をいかに調整していくかが課題となる。健全な観光の発展には、地域を訪れるツーリストの拡大を、地域の住民の暮らし、事業者の利害、公的機関の政策などとの調和のなかで実現していかなければならない。さらに地域の外部から新たに観光事業に参加してくる個人や組織が重要な役割を果たすこともある。観光マーケティングの発展のためには、そこに関わる複数のプレーヤーの連携の仕組みを高度化していくことが待たれる。
あるいは、観光資源としての伝統文化の継承は大切だが、文化の凍結保存ではなく、活力ある地域文化を育んでいくは、歴史的な文化遺産だけではなく、新しい地域文化を醸成し、ツーリストを引きつけていくことも必要である。スローフードやメディカルツーリズムや文化交流といった新たな観光の魅力を醸成し、新しい旅への参加動機にこたえていくことが待たれる。
『マーケティングジャーナル』2020年3月号に収録した4本の特集論文では、以上の待たれる課題の検討が、飛騨古川、カルフォルニア、ハワイ、金沢といった国内外各地の観光マーケティングの事例を踏まえて、理論との対話のなかで進められている。いずれもがポスト・コロナの日々に向けて、日本の観光マーケティングに関わる人たちが新たな行動に向けた構想を練り上げておく手がかりを提供してくれる論文である。
4つの特集論文
『地域生活・経済共生型観光プラットフォームのデザイン ― SATOYAMA EXPERIENCEと「アクティベータ」 ―(PDF)』
『有機農業,カリフォルニアキュイジーヌとスローフード(PDF)』
『インバウンド観光ビジネスエコシステムの形成― ハワイにおけるツアーオペレーターの果たした役割 ―(PDF)』
『国内メディカルツーリズムにおける移動動機(PDF)』
参考文献
アレックス・カー,清野由美(2019)『観光亡国論』中央公論新社