イノベーションの根底にあるのはユーザーに貢献する思想
安成:なるほど。Googleでいうと、検索の仕組みですか?
有園:そうですね。Googleは「Ten things we know to be true(10の信条)」、といった文章を掲げていて、その中の1つ目で真っ先にユーザーとUXに関して触れています。
1. Focus on the user and all else will follow.
Since the beginning, we’ve focused on providing the best user experience possible. Whether we’re designing a new Internet browser or a new tweak to the look of the homepage, we take great care to ensure that they will ultimately serve you, rather than our own internal goal or bottom line. Our homepage interface is clear and simple, and pages load instantly. Placement in search results is never sold to anyone, and advertising is not only clearly marked as such, it offers relevant content and is not distracting. And when we build new tools and applications, we believe they should work so well you don’t have to consider how they might have been designed differently.
出展:「Ten things we know to be true」
実はGoogle創業の1998年当時、私はサンフランシスコにいてルックスマートというIT企業で、マイクロソフトのMSN用の検索ディレクトリを作っていました。ルックスマートがOEM的に請け負って、全世界のMSN向けに作成していたのですね。自分はMSN Japan向けの責任者で、日本のほぼすべてのサイトを確認して手作業でカテゴリ分けをしていたんです。
そこに、GoogleがUXを考慮したページランクというアルゴリズムを携えて参入し、複数のカテゴリ検索サービスは一掃されてしまいました。人気で役立つサイトを上位表示するページランクは、ユーザーに寄与する思想、ユーザーにとってどうあるべきかを考える知性と倫理観が根底にあったから生まれたイノベーションだと捉えられます。
安成:こんなに初期から、UXを第一に据えていたんですね。
有園:そうなんです。GoogleはAppleの影響を受けていますが、Appleには1993年、認知科学者でUXの第一人者であるドン・ノーマン氏がUXアーキテクトという肩書きで参画しています。そこから、iMacやiPhoneなどUXに優れたプロダクトで世の中を席捲し、イノベーションを起こしていきました。
データがそろってUXを改善していくのは、どちらかというとリノベーションですよね。イノベーションの源泉はデータドリブンではなく、インテリジェンスドリブンの思想なんです。なので、UXとインテリジェンスはそもそもとても密接です。いっときデータ優先に傾きましたが、今こそ企業はUXインテリジェンスを理解して発揮していくべきですし、それが今回ビービットに参画する理由でもあります。

無数のタッチポイントを通してどのようなビジネスをつくるか
安成:先の藤井さんとの対談は「UXは経営課題」という結論に至りましたが、UXインテリジェンスがイノベーションを生み出すことを考えると、まさしく経営ごとだとよくわかります。では今後について、コロナ禍の影響で経済の停滞も予測されますが、一方で生活のデジタル化は着々と進みそうです。生活者の変化も踏まえ、アフターコロナの時代のビジネスに必要な観点をうかがえますか?
有園:例えば「監視社会」というとネガティブですが、「自分を守るためにウイルスを監視し健康を管理する」と捉えるとビジネスの可能性が広がります。スマホや家の中、車の中などあらゆるタッチポイントで体調のデータを取得して管理する健康アプリで、「今日は自分の免疫力が落ちているから、特に濃厚接触を控えて!」とか「手にウイルスが付着したから、1時間以内にアルコール消毒をして!」といったアラートを発してくれると役立ちそうです。うがいや手洗いなどのユーザー行動データを集めて分析すれば、アドバイスに還元できるし、公共データにもなります。
不況を生き抜くのに大事なのは、有効需要(貨幣的な支出を伴う需要)をつくることです。「キャッシュポイントを創る」と言い換えたほうがわかりやすいかもしれません。世界恐慌後の米ニューディール政策では、テネシー川のダム建設などを通して雇用を生み需要を活性化させましたが、有効需要の創出を民間主導でやってもいい。特にデジタルの世界では、モノの売買のように数の上限がありません。デジタル接点を介したサービスは、上限なくキャッシュポイントをつくれます。
安成:先日、高広さんとの対談でお話しいただいた、サービス・ドミナント・ロジックですね。
有園:そうです。例えば自動車メーカーが前述の健康アプリに参画すると、車を端末と位置付けて、全体をプラットフォームとみなせる。移動手段という存在から「あなたの健康を守ります」といった生命・財産を保全する存在への価値転換も考えられます。体調を踏まえて、適した他社のサプリを車内で広告すれば、メディアの収入も見込めます。OMOの世界では、アプリ内課金みたいな感じでキャッシュポイントを理論的には無限に生み出せるのです。
ただ、前述のように生活者の見る目が厳しくなっているので、最初のアプローチも設計自体も利己的な企業目線だったらすぐ見抜かれてしまいます。真摯に、インテリジェンスをもってUXを構築することが、骨太ですが結局近道だと思います。
