ソーシャル・マーケティングとは「行動変容」を促すもの
早稲田大学大学院 経営管理研究科(MBA)において、川上智子教授が教鞭を執る授業の中では、ソーシャル・マーケティングの理論と実践を学ぶことができる。ここで「ソーシャル・マーケティングとは何か」を伝えるために、川上教授の授業で学ぶことのできる内容の一部をご紹介したい。
「ソーシャル・マーケティング」という概念を提唱したのは、マーケティングの父であるフィリップ・コトラー氏であり、その提唱は1971年のことであった。それまでは“ソーシャル”というと公共性を意味し、行政や公共機関が行う事だと皆が思っていたものを、そうではなく企業のような営利組織であっても、社会的な目的でマーケティングを使えないだろうかと提唱したのがコトラー氏だった。
そもそも、ソーシャル・マーケティングとは何か。コトラー氏はこのように定義づけている。

“顧客”というより“ターゲット・オーディエンス”という表現を用い、マーケティングの原理やツールを使い、そういった“変わってほしい人”の「行動変容を促す」というのがソーシャル・マーケティングの考え方だ。
マーケティングの概念が3.0、4.0と移行する中で、価値提案には精神的価値が加わり、マーケティングの目的が世界をより良い場所にすることと変遷し、顧客との関係は多対多の共創へと変化している。この変遷の中で、ソーシャル・マーケティングが重要な時代となっていると川上教授は解説する。

日米50の企業・自治体が協賛した「おにぎりアクション」
先に例を挙げた「おにぎりアクション」は、2015年から日本のNPO法人TABLE FOR TWOが主催する、デジタル上でのソーシャル・マーケティング施策である。
その仕組みは、特設サイトまたはSNSにおにぎりの写真を投稿すると、1枚の投稿につきアフリカ・アジアの子どもたちの給食5食分に相当する100円が、協賛企業から寄付されるというもの。参加者は自分自身がお金を払うのではなく、「おにぎりの写真を投稿する」だけで、海を越えアフリカ・アジアの子どもたちに給食5食を届ける事ができるという仕組みだ。

日常生活に身近な食べ物で、世界の子どもたちに貢献できる仕組みが広まり、2019年は1ヵ月半の開催期間中に約30万枚もの写真投稿(1日6,500枚)が寄せられる大きなムーブメントとなった。
ではこのソーシャルな取り組みを、各社はどのような形で自社の本業に取り入れているのか。2019年は、日産自動車(日産セレナ)、イオン、伊藤園、オイシックス・ラ・大地、ベネッセ、Mizkan、JALなど日米約50の企業・自治体が協賛団体として参画。寄付・協賛という資金の提供だけではなく、各社様々なマーケティング・ブランディング活動を展開している。
「おにぎりアクション」への協賛はどんな意味を持つのか
たとえば日産自動車は、日本市場での主力商品であり、ファミリー向けのミニバンである「日産セレナ」のマーケティング施策の一環で、2018年から2年連続でおにぎりアクションに協賛している。
狙いはSNSでの話題化と、企画を通じて日産セレナとのタッチポイントを増やすことにより、ファンや将来の購買層を増やしていくことだ。「おにぎりアクション」は参加者の半数以上が子どもを持つファミリー層であり、“家族のためのミニバン”である日産セレナとの親和性も高い。「CSRとマーケティング活動の融合、これこそがこのおにぎりアクション参加の大きな意味」と日産セレナのチーフ・マーケティング・マネージャー(2019年当時)丸地隆史氏は話す。
同社は、セレナのキャッチコピーである「家族史上、最高のおでかけしよう。」から引用したハッシュタグ「#家族史上最高のおでかけ」を写真投稿時に追加し投稿すると、通常の2倍の給食数である10食を届けるタイアップ企画をSNS上で実施。その結果、1ヵ月半で5,000件以上、同ハッシュタグをつけた投稿が寄せられた。その中には、セレナとの写真や車中で撮った写真、日産のブランドロゴと共に日産への感謝・応援メッセージが書かれているものも多くあった。「車との投稿や、日産エンブレムと投稿する方、ミニカーと投稿してくださった方、絵を描いてくださった方もいらっしゃり、驚きとともに、感激した」と丸地氏は振り返る。