スキルに偏りのある営業体制と情報の属人化に限界
サトーは製造業、小売、アパレル、レストランチェーンなどに、業務用ラベルプリンタ、RFIDなどの自動認識ソリューションを提供する創業80年の老舗企業だ。中でも、スーパーマーケットなどで使われているハンドラベラーは同社が発明した製品として、高いシェアを誇る。
同社では、全国30拠点の営業・アフターサービス部門でセールスフォース・ドットコムが提供するCRM・SFA「Salesforce Sales Cloud(以下、Sales Cloud)」とMA「Salesforce Pardot(以下、Pardot)」を利用している。
同社は「Salesforceの標準機能を徹底的に使い倒し、開発はどうしても必要なときに最小限だけ」という方針を掲げ、マーケティング部12人のうち主に4人のメンバーでSalesforceを管理してきた。導入前にサトーが抱えていた課題について、国内のマーケティング責任者および、Salesforceの企画・運営を担当している原田氏は次のように振り返る。
「属人的な営業体制の限界に直面していました。お客様に関する情報はそれぞれの手元で管理されており、営業活動において充分なPDCAが回せず、再現性が低くなっていたのです。それに加えて、メールマガジンでお客様をナーチャリングするなど、マーケティング活動も強化したいと考えました」(原田氏)
活用を促進するため3つの施策を実施
そこで4ヵ月かけてSalesforceの構築・導入をリードした原田氏は、活用促進のために一念発起。3つの施策を行った。具体的には、(1)ダッシュボードの整理で使いやすさを改善、(2)Chatterをフル活用し社内コミュニケーションを活性化、そして(3)Pardotの利用促進だ。
まず、ダッシュボードは、全拠点それぞれの営業進捗に加え、市場別、製品別で見られるものも作成。各拠点のダッシュボードへのリンク集をホーム画面に集約し、2クリックで自拠点のダッシュボードへ遷移できるように。これは、初心者にも使いやすい操作性にするためだ。
また、メンバーとともにセールスフォース・ドットコム社員によるセミナーやワークショップへも参加。プロフェッショナルから客観的にSalesforceの有用性や使用方法を語ってもらうことで、社内への理解を促した。
それに加えてSalesforceの社内SNS機能であるChatter(チャター)への投稿を促進し、コミュニケーションを活性化。社内に活用リーダー役を置き、良い商談をChatterで共有するなど、Salesforceを活用して社内コミュニケーションを盛り上げる施策も行った。
ホットリードが2年で270%に/獲得コストも60%減
こうしてSales Cloudをフル活用し、Salesforce活用を軌道に乗せてきた原田氏が次に着手したのがPardotを活用したマーケティング改革だった。
当時は展示会で収集した名刺情報が1万5,000件ほど蓄積されていたが、年に数回案内メールを送る程度で、十分に活用されていなかった。そこで各セールスパーソンの保有名刺を、スキャンまたは写真撮影してデータ化するよう依頼。情報登録時に業種と市場を含めることでターゲティングを行い、セミナーの集客に活用した。
「現場の営業に手間を取らせてしまいますが、最初にきちんとデータを蓄積することが重要だと考え、個々人の持つ名刺データが集客・営業活動の資産になること、それを活用する価値やメリットを繰り返し伝えました。
最初にPardotを活用したときはターゲットとなる約8,000名に案内メールを送信したところ、1日足らずで70席のセミナーが満席に。そのセミナーは好評で地方都市で追加開催することも決定。営業部門からは『名刺情報を登録して、マーケティング部門に頼めば、セミナーの集客をしてくれるらしい』という良い噂が広がっていきました」(原田氏)
それからコンテンツマーケティングをスタート。限られた対象者にメールマガジンを送り、サイトへ遷移して資料をダウンロードしてくれた人に対してインサイドセールスが架電するプロセスを取り入れた。
その結果、2017年12月には90,000人の名刺データが登録され、その後2年でホットリードの数は270%にまでアップし、その獲得コストは60%削減できた。こうした取り組みが奏を功し、「データやマーケティング活動からも商談が生まれる」ということが浸透し、全社的な意識改革が起こっている。
サトーのマーケティングと営業活動に大きな変化をもたらしたPardot。原田氏にとってはどのような存在か、と質問すると「弓のようなもの」と答えてくれた。
「僕は、コンテンツマーケティングは弓道やアーチェリーみたいなものだと思っているんです。Pardotが弓で、メールマガジンやダウンロード資料などのコンテンツが、顧客のもとに飛んでいく矢。そして、名刺データは的。この3点がなければ、サトーのマーケティング活動は成しえません」(原田氏)
現在同社では、Sales Cloudを商談管理や取引先情報の可視化、過去の見積もり情報管理などに、Pardotはメールマガジンやウェビナー情報の配信に活用。特に、1件あたり10分以上かかっていた過去の見積もり検索が1分ほどで完結できるようになり、大幅な工数削減が実現できた。
“利用”されているだけで、“活用”されていなかった
このように、順調に進んだように見えるサトーのSales CloudとPardotの活用だが、驚くべき事態が起こる。2019年3月に、ある営業所長から「Salesforceのダッシュボードがそんなに便利なんて知らなかった」と言われたのだ。
そこで原田氏は急いで全国59人のマネージャーにヒアリング。するとSalesforceを営業活動に活用していたマネージャーは全体の18%にあたる11人だけだったということが判明した。原田氏は打ちのめされたような気持ちになったと、当時を振り返る。
「その頃、確かに全社的な営業会議でSales Cloudのグラフが“利用”されるようになってきてはいました。けれど、日常的な営業活動に使われるほど“活用”されていなかった。マネージャーのマインドも行動も変化していなかったことに、衝撃を受けました」(原田氏)
その後原田氏は「全マネージャーと1on1を行う」ことを決断。定着化活動の専任メンバーを置き、59人のマネージャーに対して年4回の1on1を行うことにした。
1on1の際は各営業所での困りごとを聞くことに徹した。「Salesforceを使ってください」「なぜ使ってくれないんですか?」と、活用を強制するような言葉は一切使わないというルールも定めた。定着化活動には、Salesforceの定着化活動専用のダッシュボードを作成し、その状況を週次で確認することにした。そして実際1on1を始めてみると、マネージャー一人ひとりの本音が次々とわかってきたと原田氏はいう。
「たとえ繰り返し社内セミナーを行っても集合研修では自分ごと化するのが難しく、知識も定着しにくいことがわかりました。一人ひとりと話をしたことでCRMツールは苦手だとか、ハイテクなものなんて無理、まだ使わなくていいと他の営業所長と話していた、といった本心が次々と明らかになりました」(原田氏)
そこで1on1の際に、入力したデータがセミナーの集客や、インサイドセールスにパスするためのリード獲得に使われていることを地道に伝え、マネージャーたちと各拠点のダッシュボードを一緒に見ながら、数字の見方や商談進捗状況を聞いていくことにした。
「大切にしたのは、こちらの要望を押し付けるのではなく、マネージャーたちの意見に共感を示すことです。定着しなかったのはあくまでも私たち運用管理者側の責任。どうすれば使いたくなるのか徹底的にヒアリングすることにしました」(原田氏)
Salesforce定着化のための“ジャーニーマップ”を描く
ヒアリングで重視したのは、1on1をするときにどのようなシナリオとトークでマネージャーたちに話をし、定着させていくのかPDCAを回すこと。定着化担当と日々トークをブラッシュアップさせながら1on1を行ったという。
「社外の顧客やユーザーにマーケティング活動を行うときとまったく同じことを、社内に対しても行いました。どう伝えたらマネージャーたちが興味・関心を持ってアクションしてくれるかジャーニーを作っておくことが重要です」(原田氏)
2回、3回と1on1を繰り返す中で、彼らから営業戦略の立案にSalesforceを活用しているという言葉が出始め、長期的な目線で営業戦略を立てるマネージャーが増えてきた手応えを感じたという。
「目標件数を達成するためにはどれぐらいの商談が必要で、そのためにはどの顧客にどのようにアプローチする必要があるのかなど、中長期的に数字を組み立てられるマネージャーが増えてきたように感じました」(原田氏)
こうした活動の結果、現在は85%以上のマネージャーが、Salesforceを日常的な営業戦略策定や商談管理に“活用”するようになった。事前にデジタルシフトが完了していたおかげもあり、コロナ禍では展示会にかけていたリソースをウェビナーやメールマガジンなどへスムーズに移行することに成功。コロナ禍における営業からのコンテンツマーケティングのオーダーは約3倍に増えているという。
Salesforce定着化に必要な体制を構築する
こうしたツールの社内浸透に重要なことは何か、と改めて原田氏に聞くと、次のように話した。
「営業やマネージャーなど、ツールを使う人に寄り添うことです。決して、使う自体を目的にしたり、マーケター側の都合を押し付けないこと。それから、定着化活動の体制構築も重要です。全体の戦略を考える私のような立場と、必要な機能を実装するエンジニア、そして社内の定着化活動をする人。この3つの役割を分業することが重要だと思います」(原田氏)
全拠点への浸透はまだ道半ばだと原田氏はいうが、確実にサトーの営業活動に変化が訪れている。「営業メンバーの行動が変われば、こちらに聞こえてくる言葉も変わります。その変化が少しずつ見えてきています。これからは蓄積するデータの質をより高めたいですね」と原田氏は力強く答えた。
サトーの場合、リテール、製造業、飲食業とターゲット業種が多岐にわたり、それぞれに提案するソリューションも配信するコンテンツもまったく異なる。業種ごとのシナリオ設計と、的確なコンテンツの出し分けが、ホットリード獲得のために欠かせないと原田氏は考えている。
今後は消耗品活用支援のカスタマーサクセスやアフターフォロー、グローバルなセールス活動などにもSalesforceを活用し、さらに事業へ貢献しようと意欲を燃やしている。