デジタル化の前にやるべきこと
三浦:そしてもう一つ、そもそもデジタル化の前にブランドやサービスの価値を生活者目線で再定義していないから、苦しい戦いを強いられている場合もあると思います。
――価値の再定義とはどういうことでしょうか。
三浦:戦わないで済むような市場を探しにいくこと。「QBハウス」のポジショニングが良いお手本です。理美容室というレッドオーシャンな市場で、どのような価値を提供できるか再定義し、10分1,200円という新たなマーケットを開拓しています。
生活者を見て課題を把握して、同時に自分たちが持っているものを見て、それを活かして拡大することがマーケティングプロセスの根本です。なのに、事業やプロダクトの本当の価値について、経営層が意外とわかっていなかったり、明確な言語化ができていなかったりすることが多々あります。
北爪:企業が市場で商品やサービスを展開するときは「Where、What、How」が重要ですが、新しいビジネス環境に合った「Where」を探し直すことを、もっとしたほうが良いということですね。
三浦:その通りです。たとえばLINEは、その登場から10年近く、若者のコミュニケーションツールとして圧倒的なシェアを獲得してきましたが、このコロナ禍で、お年寄りや未就学の子どもまで使えるデジタルインフラとしての存在感が増していますよね。
これが価値の再定義、バリュートランスフォーメーションが起きている例です。コロナ禍の今は特に、生活者の暮らし方が変わっていて、様々な課題も顕在化している。商品や事業のポジショニングを意図的に見直したり、再設計を行ったりする良い機会でもあります。
北爪:自社の商品・サービスが誰のための、何の価値になっているのか、今までと異なる文脈で言語化したり、もっと尖らせてみる。あるいは、最新のトレンドを組み入れてブラッシュアップすることも大切でしょうね。
メンテナンスの速さと充実度が成否を分ける
三浦:価値の再定義が終わった後は、WhatとHowを磨いていくことが大切です。そのステップは、下の図のように整理しています。

北爪:先ほどお話した【自社チャネル・顧客ID特定型】のビジネスモデルに変わったことで、リサーチ&メンテナンスが精緻にできるようになりましたし、やらなければいけない状況になっている。
作ったものが本当に正しかったのか、うまくいかなかったとすれば、何でうまくいかなかったのかを分析して、修正する。フィロソフィーとビジョンは、一度リニューアルするとそれほど頻度高く変えることは難しいので、伝え方や伝えるタイミングを何度も見直す。それを、極端に言えば朝出てきたデータを基に、夜にはもう施策を調整するようなスピード感でやるのです。こういった仕事は、データ収集やデータ分析、運用の経験を豊富に持っている私たちデジタルエージェンシーが力になれると思います。

三浦:WhatとHowに取り組む上で難しいのが、組織の規模が大きいほど、意思決定プロセスに人が介在しすぎること。そしてマーケティング担当者と経営者、あるいは事業責任者の目線が合っていないことです。現場は「上の人に怒られないように」と粛々とやっている。その隣で事業責任者は「ここで失敗したらもう駄目だ」と大博打の覚悟でいる。逆にこの目線合わせをお手伝いしていくことが、僕たちの価値とも言えます。
北爪:現場には、目先の1ヵ月、3ヵ月、半年で達成しなければならない目標設定がありますが、それらと会社の掲げる長期的な事業の目線やビジョンは、必ずしも一致しません。心理学に「時間割引」や「時間選好」といった考え方があるように、むしろ矛盾が起きることのほうが多いものです。
しかしそれでも、現場の人たちが足元の数字だけを追いかけてしまうと、ビジョンは達成できない。顧客が今抱えている課題解決に寄り添いながらも、その根底にある「問題」を提起し続け、価値提供の範囲を確実に増やしていく。つまり、未来を見据えながら、現実の中で試行錯誤して、マイクロゴールを達成し続けるプロセスが肝です。トップ、ミドル、現場という各レイヤーがこの構造を理解して、うまく循環を作っていくことが大切なのではないかと思います。
三浦:現場と経営者、どちらだけが正しいわけでも、間違っているわけでもありません。“正しさ合戦”をしても仕方ない。北爪さんが言うようにトップの意思決定と現場で行われていることがうまく循環していく構造を作ることが重要でしょう。
簡単なことではありませんが、明るい兆しも見えています。実はこのコロナ禍が、現場と経営者が視座を合わせるためのきっかけになりうるのではないかと思っているんです。