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顧客時間と振り返る「Adobe Summit 2021」ハイライト(AD)

トップ企業が挑む“EX=従業員体験”向上/顧客時間・奥谷氏と振り返るAdobe Summit【前編】

 デジタル時代の顧客体験について400を超えるセッションが実施された“Adobe Summit 2021”。本連載では、マーケティング・デザイン・ネットワークカンパニー「顧客時間」の3名の著者が、小売・EC事業者はもちろん、メーカー、サービス業が抑えておくべきポイントをリレー形式でレポートする。1回目となる本稿は、コロナ禍以前からAdobe Summitをウォッチし続けている顧客時間の共同CEO・奥谷氏が、進化を続けるアドビ製品の最新状況と、それらを使いこなす世界トップ企業の事例を独自の視点で報告する。

優れた顧客体験の提供をビジネスの根幹に据えているか?

 皆様はAdobe Summitに毎年テーマがあるのをご存知だろうか。最先端のDXツールを提供するAdobe Summitは、2016年から一貫して「体験ビジネス」というメインメッセージを発信し続けてきている。コロナ禍で顧客とのつながり方やビジネスのルールが変わってしまった今日。皆様はこのメッセージをどのように受け止めるだろうか。

 「変わり映えのない、聴き慣れたメッセージだ」と思う方に自問してもらいたい。皆様はこのメッセージを自身が所属する組織で実現しているでしょうか? このメッセージの真意をもう少しわかりやすく解説すると、「優れた顧客体験の提供をビジネスの根幹に据えよう」ということだと筆者は考える。

 このメッセージの意図は、ただ物を作って販売チャネルに供給することや、顧客に商品・サービスを提供するだけでは完結しない。なぜなら、このような活動は製造・販売活動にすぎず、顧客体験の設計を意味しないからだ。顧客とデジタルでつながり、提供する商品やサービスを通じて優れた購買体験や使用体験を設計・提供することが顧客体験だと捉えなくてはならない。このことを5年前から提唱しているのがAdobeであり、Adobe Summitなのだ。

世界中の企業によるCXへの意思表明

 筆者は、オフラインカンファレンスが当たり前の時代から、オンライン開催が当たり前になったAdobe Summitの変化を見続けてきた。今年も400を超えるセッションのうち、わずか数十セッションを見ただけではあるが、それらから受けた印象は、まさに世界中の企業が抱いている「デジタルを活用しながら、優れた顧客体験をビジネスにしよう」という意思の強さ従来のビジネスに対する危機感、そして彼らの実行能力の高さである。

 主なキーワードとして、「CX」や「オムニチャネル」はもちろんのこと、「パーソナライゼーション」「信頼(Trust)に基づく企業と顧客との関係性構築」「速度(Velocity)と成果が求められるデジタルマーケティングの戦略と実践」「顧客中心主義の実行と実現」そして「企業活動を通じた顧客との真のつながり方」などが挙げられる。

 このようなミッションの実現に寄与するツールとして「Adobe Experience Manager(以下、AEM)」が存在し、EC・D2C・サブスクリプションビジネス領域においては「Magento Commerce」が進展・進化していることが今年のセッションから伝わってきた。

 さらに、「Adobe Experience platform」「Customer Journey analysis」など、シームレスな顧客体験と顧客理解に不可欠なツールの充実も目覚ましい。また、業務効率の実現に寄与する「Adobe Sign」や「Adobe Workfront」の活用など、日本ではなかなか進まない組織内業務フローのデジタル化とシームレス化に関する事例も多かった。

 これらのキーワードを実践するエクセレントカンパニーのお客様とつながり方、ツール活用の詳細事例は、本連載の別記事において弊社岩井、伴が解説してくれるので期待してほしい。今回の筆者からのレポートは少し広めの視点から、以下の3つのポイントを中心に構成している。 

 まずは「1)DX推進を全社レベルで行なっている最先端事例」の解説を行いたい。次に、「2)デジタル化を通じてお客様に提供したい顧客体験を形成するために必要な思考フレームワークをセッションの中から紹介する。最後に「3)コロナ禍で加速したDXがもたらす社会的価値とその武器化」ついて、著名人のセッションから得た知見を紹介したいと思う。

デジタルは経営の「救済者」

 コロナ禍において、デジタルを活用した顧客とのつながりが不可欠になり、また企業の対応の遅れが顕在化した。これは世界中のビジネスにおける課題となっている。

 こうした状況への危機感は、多くの死者を出しながらも、ワクチン接種で経済、社会生活の復活を遂げている米国社会において特に顕著だ。日本の企業と社会には足りていない、優れた実行力とチャレンジ精神で成功事例を生み出している

 大手化粧品小売業「Sephora(セフォラ)」のCTOであるスリー・スリーダララジ氏は、テクノロジーによって事業変革をよりスピーディーにサポートする立場から、本サミットのセッション内で次のように語った。

「デジタルチャネルはもはや“あったら良いもの”ではなくなっている」

 店舗運営が制限され、従業員も「Work From Home」が徹底される中、ビジネスをアクティベートし続けるためにデジタルは不可欠だという。

 また今回のキーノートセッションにおいても、「Pfizer(ファイザー)」のCEOであるアルバート・ブーラ氏が「デジタルは、コロナワクチン開発においてもスピードアップに寄与する『Enabler(エネーブラー、救済者)』だ」と表現。まさに経営の中心にデジタルが存在し、それがコロナ禍という厳しい環境においても、商品開発を起点とした「ビジネスを止めない仕組み」に寄与しているのだ

顧客体験の向上には、優れた従業員体験が不可欠

 このような環境下で、まず読者の皆様が考えることは、おそらく「売上につながるデジタル推進」「お客様とつながり続けるために不可欠なデジタルタッチポイントの構築」といった顧客体験(CX)におけるデジタル化だと思う。もちろんこれが一番大切であることに変わりない。コロナ禍において、デジタルへと先にシフトしたのは企業ではなく、顧客である

 しかし、デジタルを活用したCXの実現に不可欠なこととして見逃されがちなのが、組織・社員のデジタル体験価値の向上だ。筆者はこれを「EX(Employee Experience)」のデジタル化と呼んでいる。EXの推進を後回しにする企業は、真の顧客中心主義企業とは言えないだろう。

 デジタルがもたらす便益と価値を享受し、企業の先を行く顧客。彼らに追いつき、デジタルを企業経営の「救済者」とするには、EXとCXの融合を進めなくてはいけない。この体験の融合、二乗、相乗効果こそがDX(Digital Transformation)なのだ。

 デジタルを武器にできた小売業やメーカーは、顧客とのつながりから得られた知見を基にPDCAの高速化も可能となる。また、デジタル体験で先を行く顧客に追いつくことができた組織では、従業員が様々なタッチポイントでデジタルを活用している。つまり従業員ら自身が、「デジタルはビジネスの武器となり、業務効率化の救済者であること」を実感することができる。このようなDXの好循環を実践している事例として、前後編で2社の取り組みを紹介したい。

 まずは、スーパーマーケットチェーン「Walmart(ウォルマート)」。同社の業績は好調だ。2020年第3四半期(2020年8-10月)に鈍化したものの、成長を維持している。

イントラをCMSで高度化、従業員とのつながり強化

 2020年11月、ウォルマートのダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)は「コロナ禍で生まれたデジタルを活用した新しい消費行動は大部分が今後も持続する」という見解を示した上で、「そのためには店舗の強みとデジタル化を組み合わせることが必要である」と語っている(日経ビジネス「ウォルマートのデジタルシフト 成功に4つの要因」)。

 その証拠に、2020年9月にはAmazonを意識した即日配送などを含むサブスクリプション型の「ウォルマート+(プラス)」の導入や、ネット通販の強化を進めており、第3四半期では前年比79%増まで伸長している。この背景にあるのが、同社の設備投資においてIT領域が占める割合の拡大だ。

 2019年度時点で、ウォルマートの設備投資の半分以上はEC・ITに充てられている(日経ビジネス「ウォルマートのデジタルシフト 成功に4つの要因」)。さらに2020年2月に発表した第4四半期(2020年11-1月)の決算を見ると、2022年度の設備投資額は140億ドル(約1.47兆円)近くある。2019年度からのトレンドが続いていると考えると、まさにデジタルを経営の救済者としてDXに本腰を入れ、Amazonら競合と伍して戦う環境を整えていると言えるだろう。

 ここまでの話は皆様もご存知かもしれない。顧客獲得競争が激化する中でDXを推進することは当たり前とも言えるだろう。ここからの戦いはデジタルを活用したCXの実現が必要不可欠であるからだ。しかし、今回のAdobe Summitで感じた彼らのさらなるすごさは、店舗スタッフも含めた従業員と会社をつなぐイントラネットのクオリティの高さである。なんと、従業員とのつながり構築にAEMを導入しているのだ

 ウォルマートでDirector of Campaign & Creative Technologyを務めるポール・ブカーロ氏は、「お客様向けのデジタルサービスを完璧なものとして提供するために、『店舗スタッフが店内でスマートフォンを活用しながら仕事をすることが当たり前の環境』を提供している」という。そのためには、CXにデジタルが不可欠なように、従業員体験においてもデジタルが必要であり、オムニチャネル領域で数年前から理想とされている「Frictionless(フリクションレス、摩擦のない環境)」は、労働環境にも不可欠であるという。

顧客体験の最前線にいる従業員

 AEMを活用すれば、店舗スタッフのレベル、入社からの日数に応じたコンテンツの出しわけも可能。HRの情報から、従業員向けのクーポン提示まで、従業員といつでもデジタルでつながれる環境を構築しているのだ。

 EXをここまで実践する企業が世界にどのくらいあるのか、筆者はわからない。やりすぎではないか、と思うかもしれない。しかし、従業員も小売業にとっては顧客である。さらに、AEMで一般の顧客に提供できることを従業員にまで提供していくことは、経営の中心にデジタルという最強の武器を提供することと通じていると筆者は思う。

 Mobile Shopper Marketing研究の先駆者とも言えるテキサスA&M大学のシャンカー教授らは2016年には下記のような図を示し、デジタル化で先行する顧客への対応において、デジタルが従業員のための有効な武器であり、また顧客体験作りに寄与するツールであることを提唱している。

【クリック/タップで拡大】
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出典元:Shankar, V., Kleijnen, M., Ramanathan, S., Rizley, R., Holland, S., & Morrissey, S. (2016). Mobile shopper marketing: Key issues, current insights, and future research avenues. Journal of Interactive Marketing, 34, 37-48.
上記論文より筆者が和訳

 この図ではあくまで、店舗を訪れる顧客にいかにデジタルで対応し、その最前線にいる従業員をどう応援、評価すべきか、経営資源をCX実現のためにどう配分すべきかを解説しているが、ウォルマートはさらにその先を行っていると言えるだろう。このような従業員体験(EX)を徹底して行なっているウォルマートはもはや、単なるデジタル化を志向するオフライン小売業ではなく、まさにIT企業なのである。

 コロナ後の世界においても、ウォルマートはGAFAのようなIT企業に対抗できるだけのデジタル体験創造企業であることを忘れてはならないし、このような底力が彼らの企業力なのだと痛感させられた。また前述のような取り組みは、デジタルを使って従業員の生産性を高めることが、労働環境に存在する不確実性や不透明感を払拭し、その結果、小売業の現場における変化対応のスピードを上げることを示している。このような実践事例を日本でも作っていく必要があるだろう。

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この記事の著者

奥谷 孝司(オクタニ タカシ)

オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員COCO(Chief Omni-Channel Officer)
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
株式会社イー・ロジット 社外取締役
株式会社Engagement Commerce Lab. 代表取締役

1997年良品計画入社。3年の店舗経験の後、取引先の商社に出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「Worl...

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MarkeZine(マーケジン)
2021/07/02 11:00 https://markezine.jp/article/detail/36292