コロナ禍における「Price」の位置付け
マーケティングの大家であるP.F.ドラッカーは「マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである」と述べました。ここでいう「マーケティング」とは売り込み(=Selling)ではなく、欲しいという動機を生み出すために取りうる施策すべてを指しています。
マッカーシーはその施策を「Product(製品)」「Price(価格)」「Place(販路)」「Promotion(販促)」の4つに大別し、コトラーが「マーケティングの4P」という呼称で普及させました。
日本におけるマーケティングの第一人者である森岡毅氏は、この4Pの施策について「企業の立場からどう売ろうかと考えることは狭義のマーケティングに過ぎない」「消費者が欲する価値を起点に、市場価値を創造する仕事全般がマーケティングである」と指摘しています。
さて、マーケターの間でも常識とも言えるこれらの「基本」は、果たしてコロナ禍においてどれほど省みられてきたでしょうか。
たとえば、Placeについては多くの企業がネット販売やUberなど宅配網の活用、店頭持ち帰りなどに転換し、リアル接点の縮小をカバーしようと試みています。またProductにおいても巣ごもり消費というキーワードで家庭内の利用シーンを強調し、これまでにはないアイデア商品が多数販売されました。また、Promotionにおいても、街頭広告からYouTube動画広告への切り替えが進んでいます。これらの施策を成功させたマーケターの方も多いことかと思います。
しかし、Priceの変化を仕掛けることに成功した企業はコロナ禍において数えるほどしかないように思います。これは、マーケティング界隈に蓄積されてきたノウハウが特にPromotionを中心に組み立てられたもので、Priceを有効活用するための知見や技術が十分に行き渡っていないからだと考えています。
なぜPriceのノウハウが普及していないのか?
この理由は、20世紀の産業構造において、規模の拡大を事業の成長ドライバーにすることが最も効果的だったからだと言えるでしょう。
20世紀の産業構造とは一言で言えば「大量生産・大量消費」です。ここでは規格化された工業製品やサービスをより多くの人に届ける「マスマーケティング」の施策が採用されてきました。マスマーケティングの施策は製品の価格を顧客のニーズや需給状況に応じてカスタマイズするよりも、一律に設定して効率化を図り規模の拡大が追求されます。
生産できる量を増やす、顧客との接点を増やす、ファネルを広げるといったノウハウがひたすら研究され、マーケティングの分野に蓄積されていきます。その結果、企業の経営者やマーケターは主に販売促進(=Promotion)のスキルを身につけていきました。
つまり、究極的には市場が成長し続ける限り価格を最適化する必要がなかった、その他の施策で規模を追求することが最適解だった、ということです。
ところが、そんな中で早くからPriceの重要性に目をつけていた業界があります。それは航空会社とホテルです。
この2つの業界の共通点とは一体なんでしょうか。それは「需要変動が大きいにもかかわらず、供給が一定」という点です。需要面でいえば、どちらも連休や年末年始といったハイシーズンと閑散期とのギャップが大きいという特徴があります。
供給面では、航空業界の供給量は便数×席数で、空港の発着数にも限りがあります。またホテルの場合は部屋数が供給可能な在庫です。
このように需要の変動を供給量の調整で吸収することが難しい分野では、収益やLTVを最大化するための調整弁として、Priceの活用に一早く目をつけました。
そして、この発想を現在、多くの業界が採り入れつつあります。