完全オンラインで行われた「カンヌライオンズ2021」
――コロナ禍の最中で昨年の中止を経て行われた「カンヌライオンズ」でした。例年と比べて、どうでしたか?
高宮:今年のカンヌライオンズは完全なるオンライン開催で、審査自体もオンライン、アワード本番のプレゼンテーションなどへの参加もすべてオンラインでした。
カンヌライオンズ主催者側が今年手掛けたいくつかのアワードは既にオンラインで実施されていて、フレームワークができていたこともあり、審査のオペレーションはストレスなく行われたかなという印象でした。
例年審査が深夜にも及ぶことで有名なカンヌですが、リモート開催によって各地域の時差の兼ね合いを意識する必要もあって、事務局の進行管理は例年よりシビアに行われていました。審査時間が10分程度押したことが1回あったくらいで、あとはスムーズに審査を進められましたね。
――ではむしろ、リモート開催の恩恵は大きかったのでしょうか?
高宮:リモート開催のデメリットもありましたよ。たとえば、通常よりも盛り上がりには欠けたように感じています。現地でのリアル開催の時は、参加者が現地でSNS投稿やリアルタイムでのニュース発信をするので、それが業界関係者のタイムラインに並びます。それをみて、「今年もカンヌが始まったな」と体感できたものですが、今年はそれがなかったなぁと。
現地開催時は日本の広告関係者の方々も積極的にSNSで発信していましたが、オンライン開催になって、日本語での発信も通年より少なかったです。時差の問題もありますよね。日本にいると、たとえばカンヌ時間の夜中の12時から3時の間に“美味しい”プレゼンテーションがあるなと思っても、なかなか視聴できない。それも盛り上がりに欠けた要因かもしれません。
現地に行くと、「カンヌに来た!」という使命感であったり、責任感のようなものが生まれるというか。「せっかく来たんだから、朝から晩まで有意義に過ごそう」というようなインセンティブが心の中に働きます。同じプレゼンを見た者同士で、「あのプレゼンよかったよね」などの談義もできますしね。
これらはカンヌだけでなく、D&ADやクリオといったアワード、すべてに言えることでしたね。
――今年は既にエントリーを受け付け済ながらも中止となってしまった2020年分と2021年の2年分、まとめての審査となったそうですね。2年分をまとめての審査において難しい点はありましたか?
高宮:1年前の2020年度のエントリー審査に関しては、提出した当時は新しかった発想が、1年以上経ってしまって審査員の中でも参加者の間でももはや“当たり前”になってしまっているという現象はいくつかありました。たとえば2019年時点では先端だったTikTokやARを使ったキャンペーンなどですね。
「世界初」といえるような施策はアワードでもプライズを獲りやすいですが、2020年度エントリーに関しては、審査員・参加者側がそのトレンドを通り過ぎてしまっている、という残念さはありました。
またコロナ禍を経て、当然ながら「人々が大切にするもの」に変化が起きています。そこを加味して審査する、という判断基準の切り替えも難しかったです。もしかすると、アワードを見る側も、判断基準が複数あることで、混乱したかもしれないですね。
僕も受賞させていただいたPR部門などは、1年変わればトレンドが劇的に変わるカテゴリーなので、そういう部門では単年ごとにグランプリを出し、受賞したエントリーを通して“今、求められている価値観はこれ”というようなメッセージが提示されることも大事だと思っているのですが、それも2年分まとめての審査だと難しかったですね。
――確かに、カンヌライオンズの受賞作が、コミュニケーションに今求められることの指針になるといっても過言ではないですよね。
高宮:“今年の風物詩”みたいなものが、広告やデザイン業界ではありますよね。毎年1月くらいから春にかけてD&AD、The One Showなどがあって、6月のカンヌライオンズが集大成というか、その年のエントリーの顔ぶれが絞られてくる最後のアワードですよね。
カンヌはカテゴリー数が多いこともあって、受賞するエントリーはカテゴリーをまたいで何個も受賞するし、「今年は〇〇(受賞作)の年」のような印象がついて、「広告界が目指すべき方向がこっちだよ」という示唆が、アワードの本来の意義でもあります。それをみんなで学ぶ、ということも参加者のモチベーションになります。
でも、それが今年はぼやっとしてしまったというか。この2年を通して求められる施策が大きく変わってしまったのもあるし、カテゴリーごとに評価されている基準も大きく異なる年でした。結果を通して、自分の中の指針の整理とか、そこから何を学ぶかを自ら取捨選択することが例年よりも求められるカンヌライオンズだったのではないでしょうか。
モバイルキャンペーンにおける重要な3つの視点
――受賞作を通して何を感じ、どう吸収していくのかが、例年より試されているのですね。ではここからは、そのための1つの指針を得るため、カンヌライオンズ モバイル部門の受賞作についてお伺いしていきたいと思います。今回のモバイル部門受賞作品と、その特徴について教えていただけますか?
高宮:今年はモバイルならではのキャンペーンということで、次の3つの視点で審査を行いました。
モバイルキャンペーンにおける重要な3つの視点
1、モバイルは最も身近なスクリーンである
2、モバイルは共感を増幅させるデバイスである
3、モバイルはデータバンクとしての強みを持つ
高宮:審査員満場一致で、しかも2年分のエントリーすべての頂点に輝いたモバイル部門のグランプリは、2020年エントリーとして提出されたオグルヴィ・パキスタンによる通信大手テレノール(Telenor)のキャンペーン動画「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」でした。この取り組みはメディア部門とモバイル部門の2部門で最高賞を獲得しました。
これはパキスタンの通信事業会社テレノールによる、パキスタン国民の出生登録を誰もが所持しているモバイルを介してできるようにしたという施策です。
パキスタンは日本でいう出生登録を出さない人、すなわち戸籍を持っていない人が6,000万人近くいることが問題となっているそうです。国土が広くて交通のインフラが整っていないので、自宅近くに申請できる役所がなく、また、出生登録するメリットを理解していない人が多いのも要因だといいます。でも、いざ戸籍がないと、進学できない、海外出国ができないなど、人生において不都合も生じます。
「Naming the Invisible by Digital Birth Registration」は、シンプルにいえば「モバイルで出生登録できるようにする」という施策ですが、それを1モバイル事業会社が作り、国としての公式システムとして採用させたというのが、本当にすごいことだと思っています。