多くの議論が交わされている、コロナ禍のマーケティング
私たちの未来は、おおよそこれらのシナリオのどれかに位置しているといえます。同時に、どのシナリオを選ぶのかは、私たち自身の選択の問題でもあります。
日本マーケティング学会においても、新型コロナウイルス流行拡大を踏まえた研究活動がいくつも重ねられてきました。2020年5月25日には、「#いまマーケティングができること ――新型コロナ危機での探究と創発――」と題したオンライン緊急座談会が開催され、学会長・副会長が登壇し、多くの会員を交えて、マーケティングの可能性が議論されました。
2020年11月にオンライン開催されたマーケティングカンファレンスのテーマもまた「#いまマーケティングができること」で、新型コロナウイルスの流行拡大が一息をついたとみられる状況をもとに、多くの方々による見通しが示されました。
他にも、2020年度(2021年3月期)は、オンライン開催でのマーケティングサロンが25回(18年度14回、19年度17回)、リサーチプロジェクトの研究報告会が58回(18年度49回、19年度40回)と、過去最高の開催数となり、コロナ禍のマーケティングについて、多くの議論が交わされてきました。
こうして学会も大きく変わり、学会員に新たな価値をもたらすことができるようになっています。第1に、地理的制約がなくなり全国から参加しやすくなりました。大規模イベントは、いままで多数を占める首都圏会員に合わせた東京開催が慣例であり、遠地の会員にとっては不便でコストがかかるという課題がありました。一方、地方開催の研究会には、会員が集まりにくいという課題がありました。
第2に、時間的制約がなくなり、大規模イベントでの同時開催のセッションの録画視聴ができるようになりました。報告者も参加者もオンライン参加のため、録画が容易となったからです。従来だとビデオカメラの機材や撮影者などが必要で、ハードルが高く実施できなかったことです。
最後に、これが革新的ですが、事後申し込みが可能となりました。大規模イベントやいくつかの研究報告会では、開催後1ヵ月間は、録画を視聴でき見逃し配信番組のように視聴できるようになったのです。
今回紹介する6つの論考もまた、こうした学会の議論も踏まえつつ、各論者の方々の専門内容に合わせ、新しい企業の姿を描いています。
日本の流通の革新
まず、コロナ禍における日本の流通の革新を描く2つの論文を紹介しましょう。1つ目に紹介する論文は、慶應義塾大学の池尾恭一名誉教授による「新型コロナ危機による流通チャネル変革と戦略課題(PDF)」です。この論文では、コロナ禍により進展した、メーカーによるオンライン商談やD2C、オムニチャネルに焦点をあて、それがもたらす戦略課題を提示しています。
マーケティング・ミックスの中で、模倣も変更も最も困難といわれる流通チャネルがコロナ禍のため半ば強制的に革新されたことや、同じく顧客側においてもコロナ禍のため生まれた新しい生活様式や消費者行動が定着することが、ニューノーマル時代のマーケティングのあり方を抜本的に変えてしまう可能性を示唆しています。
2つ目に紹介する論文は、小樽商科大学の近藤公彦教授、神奈川大学の中見真也准教授、日本経済新聞社の白鳥和生次長による「ネオリテール ― ニューノーマル時代の新小売ビジネスモデル ―(PDF)」です。この論文では、小売業に焦点を当て、ネオリテールの可能性が模索されています。重要なのは、コロナ禍とともに、それ以前に始まっていたデジタル・トランスフォーメーション(DX)の波です。コロナ禍の中で、リアル店舗の多くは売上を落とさざるをえませんでした。
その一方で、人々は消費を取りやめたわけではありませんでした。オンラインでの購入に切り替わっていったのです。この時、DXは外部環境というだけではなく、自社の資源、競争優位性そのものとなります。顧客関係性、価値の創造と提供、活動システム、そして利益フォーミュラ(利益を得る仕組み)において、従来的な小売業と新たな小売業であるネオリテールには違いがみられるといいます。