宣伝会議にアーティスト同席が理想?
高野:これはブランドも一緒ですが、売ることと、ブランドを作ることは違うじゃないですか。ブランディングは大事だけど、目の前の商品を売る必要もある。これは費用対効果と投資対効果をどう切り分けるかの話です。カスタマージャーニーを描いて、総合的な施策を考えるといった手法が音楽サイドにもうまく浸透すると良いと思います。
ただ、10年間音楽業界の方とお付き合いする中で、スポットだけでどうにかしようと考える人は減ってきた印象です。いまだにバズらせたいと言う人もいますが、バズらせることが悪いのではなくて、それは目的ではなく手段です。バズらせて何を目指すのか?って話はやっぱりクリアしていく必要があります。
特に、最近は音楽の消費スピードが非常に速いと感じます。バーンと世に出ても、アーティストが長く生きるのは難しい。
山口:SNSやUGMで爆発的に再生回数が増えても、アーティスト名は知られずに、その1曲だけで終わってしまう「UGM一発屋」が増えた気がしますね。
高野:音楽ファンとしては長く活動していい曲をいっぱい作ってほしい。そして、そこから人生を変えるような影響をたくさんの人々に与えてほしい。そこが本当に難しいことなんですが、短期的視点と長期的視点の両方をバランスよく考えるしかありません。先のことだけ見ていたってダメですし、今だけ見てても難しい。
山口:マーケティング発想の人は1回やっただけじゃ駄目だってわかっているから、継続したり、トライ&エラーが必要だと考えられますよね。そういう人がアーティストと直接話せる距離にいるのが望ましい姿ですよね。
結局、デジタルでもアーティストの発信がファンには一番効きます。アーティスト本人が施策の全体像を理解して、決まった時間に決まったニュアンスで発信しないと機能しないプランも増えていると思います。
今までは、宣伝会議にアーティストなんて出しませんよという姿勢の事務所が多かったですが、マーケターとアーティストが一定水準のコミュニケーションをとれないと今後はつらいのではないでしょうか?
高野:確かに直接話したほうが話は早いですね。アーティスト自身が意識的・無意識的かは置いておいて、音楽を「届ける」思考を持っていると過去の仕事を振り返ってみてもうまくいったケースは多いです。加えて、先ほど山口さんが話していたような、ブランド担当者が音楽業界に転職するといった人材交流の動きが活発化すると変化が起きるような気がします。
音楽に限らず、突破口が全く別の視点から見つかるケースは多いと思います。異業種では当たり前なことが、その業界では新しいこともある。セオリーを知らないからこそできることも多いですから。
山口:音楽業界って音楽が好きな人たちのいわば「ムラ社会」だったんですよ。ラジオ局の編成部長が友だちだから電話してみるとか。そんな人間関係で回っていたんです。僕はそこで育ったから、良さもたくさん知っています。でも、ムラ自体が縮小し始めていて、もう維持するのは不可能なんです。作り変えていかないといけない。
高野:シンプルな話で、若い人がやっちゃったほうが良い側面もありますよね。例えば、TikTokの施策は私より若い子が考えて実行しちゃったほうが良かったりすることもあります。私もプロなので経験を活かしてコンテンツは作れますが、土地鑑というか、若い子たちのほうが感覚的に捉えることは上手いように思います。
山口:権限委譲は大事ですよね。音楽業界人は平均年齢高いんですよ(笑)。だから、余計に若い人がもっと暴れられるようにしていく必要がある。音楽業界は良くも悪くもラフだから、そこの許容度は高いと思っています。だから、音楽業界でマーケティングをやりたいという熱意のある人を採用して、どんどんチャレンジしてもらうことが大切だと感じます。
音楽活動を長く続ける方法の言語化が鍵
高野:私達がいただくオファーの内容も変わってきました。戦略を考えるブレーン的なご相談や、本当に一から一緒に作っていきましょうという案件が増えてきました。
山口:10年前には音楽業界にコンサルにコストをかける考えがなかったですからね。ただ、現段階ではModern Ageに相談するチームは意識が高くて、予算に余裕がある限られたケースでしょう?(笑)。
多くの場合は従来の方法論をなぞっているパターンが多いし、どうしていいかわからないまま目先のことに追われていることも多いと思います。
だからCDの売上にプラスの変化は起きていません。デジタルの面でもレコード協会の発表によると配信での売上実績は約800億円ありますが、TuneCoreJapanというサービスを使ってDIYで音楽を配信するインディアーティストのほうが伸び率は高いんです。デジタルにおいてはレコード協会加盟者よりDIYのアーティストのほうが、順調に成長しているのがデータからも読み取れます。
もちろん、大手レーベルはグローバルに配信できるサービスを自社で用意するなど、経営的には対策を打っています。しかし現場にフォーカスすると、今まで頑張ったことを引き続き頑張ってCDの売上を微減で食い止めて、デジタルに関してはぼうぜんと見つめている姿が大半です。
レコード会社の存在意義も問われています。DTMで音楽を作って、CDショップで売る必要もなくて、今やSNSで発信すればパイプがなくてもマスメディアともつながれる。
ですから、俯瞰して戦略的にマーケティングを考えられる人がもっと流入したり、音楽分野のマーケティングも請け負ってみようと思う企業が出てきてくれると、登場人物や主要プレーヤーが変わって、業界全体も活性化すると思います。
高野:現在は音楽マーケティングと言うと音楽を売るためのマーケティングだと思う人が多いと思います。つまり、音楽業界向けのマーケティングというイメージですね。けれど、私は企業が自社のブランド戦略の一環で音楽を活用することも音楽マーケティングだと思っています。ですから、音楽と企業もコネクトしていきたい。音楽は消費されるものではなくて生き続けるものだと思うので、その方法を企業とアーティストが肩を組むことで模索したいんです。
山口:アーティストはみんな、頭のどこかでいかに長く音楽活動を続けるかを考えています。そこをもっと言語化していければ、高野さんの言うゴール、KGIやKPIが多様化すると思います。アーティストと一緒に考えてくれる人が増えるといいですよね。その点では、僕がオーガナイズして今年から始めた「音楽マーケティングブートキャンプ」は、熱量の高い人が集まってくれていて、今後に期待しています。
高野:マーケティングは物語を作ることだと思います。消費者に「これは私に関係があるものだ」と思ってもらうための文脈を考え、素晴らしいモノやヒトを届ける仕掛けと仕組みを考えるのがマーケターです。
音楽や映画、エンターテインメントには何気ない日常を豊かにする力や、人生を変える力があると思っています。素晴らしい音楽を世に届けることで誰かの人生に良い影響があって、アーティストにも還元できて、企業のブランディングにも寄与できたら本望ですね。
デジタル軸で中長期的に企業がブランド戦略に音楽を組み込むタイアップがいろいろなところで出てくると良いと思いますし、私も事例を作っていきたいと思います。