実態を捉えにくいブランディング活動 企業に求められることは?
マーケティングにおいて、「ブランディング戦略が重要である」ことは言うまでもない。では、そもそもブランディングとは何なのだろうか。
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』によると、ブランディングとは「製品やサービスにブランドのパワーを授けること」とある。“ブランドのパワー”と言えば、「広く知られている」「イメージが良い」など、解釈が多岐にわたることが多い。したがって、「認知度が高いことが市場でどのような価値をもたらすか」「良いイメージがいかに売り上げに貢献するか」など、“ブランドのパワー”がビジネスにどう影響を及ぼすのか、実はよくわかっていないケースも散見される。
このように実態を捉えにくい企業のブランディング活動において、生活者の理解(リサーチ)を起点に、市場と対話(マーケティング)しながら独自の効果指標を開発しているのがネオマーケティングだ。
MarkeZine Day 2021 Autumnで講演したネオマーケティング カスタマードリブンディビジョン マネジャーの松田和也氏は、「単にブランドを作るだけでなく、そのブランドが購買者に“選ばれる”ようになるには、生活者がどのような購買意思決定プロセスを経て購入に至っているかを知る必要があります」と説明する。
想起されるブランドになるための新戦略「エボークトセット」とは
そんな松田氏が提唱しているのが、想起されるブランドになるための新戦略「エボークトセット」だ。エボークトセット(evoked set:直訳は「想起される集合」)とは、人が商品を購入する際に、頭の中に浮かんでくる「購入を検討しようかな」と考えるブランドの集合体を指す。早く言えば購入リストのようなもので、たとえば「ペットボトルのお茶」だと、「お~いお茶」「綾鷹」「伊右衛門」「生茶」などがある。
「この商品を買おうかな」と考える時点で自社ブランドが想起されていなければ、検討のチャンスすら与えられないというわけだ。松田氏は、「ブランド認知活動では、一般的に“いかに認知を上げるか”という点が注目されがちですが、ただ知られるだけでなく、購買時に自分たちのブランドが想起されているのか、いないのか。この点が最も重要になります」と話す。
実際に、エボークトセットの重要性は日々増している。ネオマーケティングが全国18~79歳の男女を対象に、2021年6月に実施した調査「消費に関する生活者の意識と行動」によると、「なじみのあるブランドの商品を購入する」(65.4%)、「買い物は計画を立ててから行なっている」(64.9%)、「買い物はできるだけ短時間で済ませている」(63.2%)となっており、生活者の多くがコロナ禍で短時間に目当ての商品を購入する傾向にあることがわかる。
ネオマーケティングでは、このエボークトセットに基づくブランド活動の指標作りを進めており、日本のマーケティング研究における代表的研究者の一人である早稲田大学の恩藏直人氏と共に「EvokedSet共同研究プロジェクト」を展開している。
ブランド評価を立体的にする3つの指標
EvokedSet共同研究プロジェクトでは、引っ越し業者から化粧水、歯磨き粉、風邪薬など様々なジャンルでブランドカテゴライゼーションに基づく調査を実施している。もともとエボークトセットは、アカデミック分野から派生した考え方。よって、産学協同研究を行い、知見を蓄積しながら具体的なマーケティング活動に役立てていく方法や指標が作られている。
具体的な調査スキームとしては、購買意思決定プロセスのうち、特にブランドカテゴライゼーションにおける意思決定を細かく観察し、カテゴライズに属する3つの指標と独自抽出した1つの指標を用いる。
ブランドカテゴライゼーションとは、購入するブランドを絞り込む一連の流れのこと。人が何か商品を購入する場合、まず名前を知っているブランド群「知名集合」が思い浮かぶ。これは「名前を知っているか、知らないか」を判断するフレームワークであり、名前を知らないブランドは「非知名集合」となる。
知名集合から一歩進むと、実際にどのようなブランドなのか特徴を知っている「処理集合」に分けられる。名前は知っているものの、具体的にどのようなブランドか知らない場合は「非処理集合」に入り、そのまま忘れ去られる。
そして最後にようやくエボークトセット=「想起集合」となる。これは、「ブランドを知っていて、かつ購買時の候補として想起される」というブランドの集合体で、購買時の選択候補になるブランドリストだ。
同社では、このエボークトセットという指標を軸に据え、ブランド認知の入り口となる知名集合も重要指標と定義している。さらに、処理集合の中から「他人に勧めたり、SNSで拡散したり、いいね! をしたりするブランド」として想起されるブランドを「推奨集合」と名付け、この3つをブランド活動の指標としている。これを使うことで、ブランドを立体的に評価できるのだという。
これまでの分析・解析から判明した2つのこと
ここまでで、単に「想起される」だけではブランドパワーは弱いことがわかった。松田氏は、「想起されるだけでなく、購買候補として真のエボークトセットに残るには、この枝分かれをクリアしなければなりません。一部のブランドしかエボークトセットに残らないのです」と強調する。
たとえば歯磨き粉の場合、エボークトセットのトップブランドは「クリニカ」となっている。これは、「歯磨き粉」と聞いて真っ先に思い浮かべたブランド名で、「GUM」「シュミテクト」が続く。これが推奨集合になると、順位は変わり「シュミテクト」「GUM」「クリニカ」の順になる。松田氏によると、自分が購入するものと人に勧めたりSNSで拡散・反応したりするブランドとの間には、微妙なズレが見られるという。ネオマーケティングでは、こうした調査結果をあらゆる角度から分析・解析しており、松田氏は「こうした研究を重ねるうちに、判明したことが2つあります」と次のように説明する。
第一に、1つの商品カテゴリに対し、エボークトセットとして挙がってくるブランドは、平均して1~2個しかない。調査結果によると、エボークトセットに含まれる平均ブランド数はスポーツドリンクなら1.6、アウトドア用品だと1.3、ビールやコンビニだと2.3というように、大体1~2個であるという。
ここからわかったのが第二の気づきで、それは「エボークトセットと第一想起されるブランドには相関関係がある」ということだ。ブランディング戦略では、「第一想起されるブランドを目指せ」とよく言われるが、調査結果を見ても、エボークトセットでトップとなったブランドが第一想起されているケースが多いという。
たとえば、下のグラフは、薄いピンクの軸が「そのブランドをエボークトセットに含む人の数」で、濃い赤の線が「第一想起をした人の数」を示している。風邪薬で見ると、「パブロン」をエボークトセットに含めたのは316人、うち251人が第一想起した人数となる。一部例外はあるにせよ、「エボークトセットに入るブランドが、第一想起ブランドになる」という傾向は極めて強く、この関連性については引き続き調査をしている最中だそうだ。
「つまり、消費者に選ばれるためにはエボークトセットの1~2個の商品に入っている必要があります。さらにその中から選ばれるためには、いかに第一想起されるかがポイントになります。そのため、ブランド戦略においてエボークトセットと第一想起の2つはとても重要な指標になります」(松田氏)
エボークトセットをマーケの現場で活かすには?
ここまでは産学共同の調査結果を踏まえた考察だったが、これを実際にマーケティングの現場で活かすにはどのような手段があるのだろうか。
松田氏は、「一言で言うと、“想起されるポイントを作る”という点に尽きます。なぜなら、その時の状況やシーンによって想起されるブランドは異なるからです。想起ポイントを探って、自ら作り出し、第一想起ブランドとなることでマーケティングの成果は大きく変わってきます」と説明する。
そもそも、商品を購入する時、「なぜ」特定のブランドが想起されるのか。歯磨き粉を例にとれば、もちろん「歯を磨きたい」というニーズが前提にあるが、「なぜ」そのブランドなのかと言えば、特定の目的を想定して選んでいることが多い。たとえば「虫歯予防」「歯周病予防」「知覚過敏」「口臭予防」「ホワイトニング」など様々だ。これら一つひとつがブランド想起のきっかけであり、これをカテゴリーエントリーポイント(Category Entry Point:以下、CEP)と呼ぶ。なお、このCEP自体が1つのエボークトセットとなる。
圧倒的に強いブランドは、エボークトセットに入ってくる主要なCEPで想起されるブランドであり、複数のCEPにまたがって想起されるケースが多い。そして一つひとつのブランドを見ていくと、たとえば「クリニカ」は「虫歯予防」、「GUM」なら「歯周病予防」というように、強みとなるCEPを持っていることが多い。
「実際にマインドシェアが高いブランドほど、CEPで第一想起されています。結果的に購入時にブランドを思い浮かべてもらう場面が多くなると、売り上げにつながるというプロセスができてくるのです。このCEPが特定カテゴリにおけるブランドのマインドシェアを分析する際の説明変数になります」(松田氏)
実際にネオマーケティングでは、エボークトセット調査から複数のCEPのうち最もメリットの大きいキーワードを抽出した後、そのCEPを訴求するための施策を実施してPDCAを回していくソリューションを提供している。松田氏も、「想起ワードで第一想起を取れるように、これまでの知見をもとに企業のマーケティングを支援します」と意欲を見せる。
選ばれるブランドになるために必要なPDCAを回していく
講演では、視聴者からの質問も紹介された。
「自社に最適なCEPを見つけるヒントは?」という質問については、「自社の商品の印象は、あくまでも生活者のほうに答えがあります。生活者とコミュニケーションを取りながら、生活者がどのように自社商品を評価しているのか、お互いにとってベストなポイントを見つけることが大切です」と回答。
さらに「調査の際にはCEP項目の設定がポイントになるが、どのように設定すればいいか?」という問いに対しては「人が感じる価値は“機能的な価値”“情緒的な価値”“本質的な価値”の3つです。これらのうち、私たちはブランド想起のきっかけやタイミングをつかみやすい“機能的価値”から入ることにしています」と答えた。
最後に、「ブランドイメージとCEPは似ているようで、必ずしも合致しないことがあります。想定通りのブランドイメージが取れているからといって、それがそのまま想起ポイントになるかと言うと、必ずしもそうではありません。この点も含めて、第一想起されるブランドになるために必要なPDCAを回していくことが大切です」と述べ、講演を結んだ。