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リゾームマーケティングの時代

メタバース普及の鍵を握るコピー技術、そして、ネオ・ヒューマンの人権が課題になる【後編】

アバターのほうが優れた存在になる

 人間拡張工学で有名な稲見昌彦氏(東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野教授)が興味深い研究を行っている。

「二人の人間の動作を分析し、アバターがその二人の平均的な動きを行うというもの。興味深いのはアバターが、実在の二人の人間よりも早く、正確に行動するといった傾向が見られる点です。私たちは一つの身体を持って、様々なことを経験し、そこで学習したことを次の行動に活かすということを日々、繰り返しています。こうした経験、学習が一人分でなく、複数の人間から得られるとしたら、行動はより早く、正確になり、他者と比べて有利になっていくかもしれません。いわばアバターの中に集合知が蓄えられた結果、もととなる二人より優れた存在になっていく。」(出典:『ネオ・サピエンス誕生(インターナショナル新書)(集英社インターナショナル)』服部桂,稲見昌彦,等著)

 元となる二人(オリジナルの人間)よりも、アバターのほうが優れた存在になっていく。コピーがオリジナルから独立し、まったく新しい異なる存在になっていくということだ。

 SFのような話になってきたが、さらに、人間自身がコンピュータになれるか? という挑戦をしている科学者もいた。2022年6月15日、その挑戦者、ピーター・スコット-モーガン博士の「肉体」が永眠した。

「たとえ身体が旅立ったとしても、彼の精神(スピリット)が生きながらえることは、私を含めた支持者の願いであり、ご本人の遺志でもあった」(出典:「64歳で逝去「人類初サイボーグ」が世界に遺した物」)。

「どうすれば自分たちをコンピュータ上にアップロードできるのか問いつづけてきた。でも、真に問うべきは、どうすれば人間自身がコンピュータになれるのかということだったんだ」(出典:『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン―究極の自由を得る未来』ピーター・スコット・モーガン著)

人間と機械の融合に挑戦したモーガン博士

 全身の筋肉が動かなくなる難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)で余命2年を宣告されたこと機に、人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグとして生きる未来を選んだ。それが、ピーター・スコット・モーガン博士。彼は、運動神経細胞の機能を失いつつある自らをAIに接続し、「サイボーグ」「ピーター2.0」などと自称して、人類で初めて人間と機械の融合に挑戦していた。

 難病という過酷な運命に屈することなく挑戦する姿勢、不自由になっていく身体をAIに接続することで、まったく新しい「自由」を獲得しようとするその精神に感動し、生きる勇気をもらった人も多いはずだ。

 彼はインタビューに答えて、以下のように話している。

「すでに私は何か奇妙なことが脳に起きているのを感じています。最初の変化は、眼球を動かすことについて考えるのをやめたときです(注:彼は、眼球の動きで、複数のコンピュータを操作している)。私は自分が求めている一つの文字のことを考えるだけで、残りは眼球が自動的に進めてくれます。文字やコマンドキーがどこにあるのかも覚えていません。二つ目の変化はもっと奇妙です。熟睡して夢をみているときに、眼球を使って単語を綴っている場合がときどきあることに気づきました。しかもそれがまったくノーマルに感じられるのです。最終的には、すべてが拡張された自分の体であるように感じることは間違いありません。」(出典:『ネオ・サピエンス誕生(インターナショナル新書)(集英社インターナショナル)』服部桂,稲見昌彦,等著)

 彼の著書やインタビューを読んで多くの人が感じていると思うが、目的をもって人類の限界に挑戦する「ピーター2.0」は、あきらかに、幸せそうにみえる。

 QOL(クオリティ・オブ・ライフ)は、AIとの接続手術前に予想していたものと比べて、「どうですか? これからQOLは向上していくと思いますか?」と問われて、彼は答えている。

「もちろん、今のQOLは以前とは非常に違います。今はサイボーグに変身しつつある過程で、この生活は始まったばかりです。でもAIに接続される度合いが日増しに増えることについてすばらしいのは、私の能力がコンピュータのパワーと同じ速度で大きくなるということです。」(出典:『ネオ・サピエンス誕生(インターナショナル新書)(集英社インターナショナル)』服部桂,稲見昌彦,等著)

 自分の脳の情報をコンピュータにアップロードし、AIに接続する。肉体が死んでも、その精神は自由であり、そして、コンピュータに残り続け、アバターやロボットとして後世に生きながらえていく。これは、サイエンス・フィクションの問題ではなくて、サイエンス・エシックス(科学倫理)の問題を孕んでいると、「ピーター2.0」自身が認めている。

 だが、ここには新しい自由と幸せの形がある。

 サイエンス・エシックス(科学倫理)の問題だけではなく、法的な整備もこれからだ。オリジナルの情報をコンピュータにアップロードする。つまり、オリジナルとコピーの攻防だ。「人間自身がコンピュータになれる」という現実の前に、その「人間の著作権(Human Copyright)」は追いついていない

 いや、この問題は「人間の著作権(Human Copyright)」だけにとどまらない。人間自身がコンピュータになったとき、そのコンピュータの基本的人権を守る必要がある。今、新たな人権問題が課題として浮上しつつある。

 もちろん、法的な問題が解決しその存在が認知・承認されることで、コンピュータになった彼は、新しい現実をオリジナルとして生きていくはずだ。メタバースという新しい現実の世界で、新しい自由と幸せを謳歌しながら。

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この記事の著者

有園 雄一(アリゾノ ユウイチ)

Regional Vice President, Microsoft Advertising Japan

早稲田大学政治経済学部卒。1995年、学部生時代に執筆した「貨幣の複数性」(卒業論文)が「現代思想」(青土社 1995年9月 貨幣とナショナリズム<特集>)で出版される。2004年、日本初のマス連動施策を考案。オーバーチュア株式会...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

MarkeZine編集部(マーケジンヘンシュウブ)

デジタルを中心とした広告/マーケティングの最新動向を発信する専門メディアの編集部です。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2022/09/09 08:00 https://markezine.jp/article/detail/39796

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