キリンラガーの“古い”イメージを書き換える
高山:続いて、平山さんからn=1を起点とした「キリンラガー」のお取り組みを紹介いただけますか。
平山:キリンラガーは130年以上の歴史を持つブランドで、現在は広告を一切打っていません。歴史の長さから「古い」というイメージを持たれてしまうこともあり、担当者から「オウンドメディアを使ってキリンラガーの価値を再発見したい」というオーダーをもらいました。
平山:コンテンツを考える過程で、キリンラガーに対する社内のブランドイメージも「伝統」や「ノスタルジー」であることがわかりました。ただ、僕自身はキリンラガーを伝統的なものとして飲んでいなかったのです。そこで、キリンラガーの価値を書き換える発想に至りました。
書き換えるにあたり、まずはキリンの従業員とお客様の対話をまとめた内部資料を数十年分遡りました。そこには、キリンラガーに対するお客様の愛が言語化されていたのです。さらに、クラフトビール好きが集まるコミュニティ「キリンビールサロン」でもヒアリングを実施しました。すると、参加者から出てきた言葉は伝統でもノスタルジーでもなく「ホーム」「おかえり」だったのです。
参加者いわく、クラフトビールはおいしいものの、毎日飲み続けると疲れてしまう。その点キリンラガーは気軽に飲めるため「いつでも待ってくれている存在」だというのです。僕たちもそこに新しい価値を見出して「#今日はキリンラガーを」という連載を公式noteで企画しました。
ロングセラーのブランドにこそ膨大なn=1が
平山:この連載は、人気クリエイターとキリンの従業員が、キリンラガーにまつわる物語をリレー形式でつないでいくものです。第1回ではエッセイストのあかしゆかさんに「お盆とラガー」というテーマで短編小説を書いていただきました。
平山:従業員も巻き込みながら、各人が思うキリンラガーの価値を複数の記事で発信した結果、Twitter上で多くの方が「#今日はキリンラガーを」のハッシュタグを添えてエモーショナルな思い出を語ってくださったのです。広告を一切打っていないにも関わらず、Twitter上ではハッシュタグ付きの発話のリーチが1,500万まで伸びました。
野崎:ロングセラーのブランドだからこそ、n=1の価値や解釈が恐ろしいまでに蓄積されていたわけですね。
平山:おっしゃる通りです。キリンラガーのほかにも、広告を打っていない長寿ブランドの一つに「ハートランド」があります。ハートランドは「消費者に気づいてもらい、ゆっくり育てていくブランドにしたい」という担当者の思いから、瓶にラベルを貼っていません。
ハートランドが発売された1980年代当時の企画書を見ても「これからは消費者が自らモノを選ぶ時代になる」など、現代を見通したような予見が書かれているのです。研ぎ澄まされたブランドの思想はきちんと形に残すべきだと考え、キリンの元社員でありハートランドのパッケージデザインを担当した漫画家のしりあがり寿さんを取材しました。
平山:この記事の制作を通じて「洗練された価値観は時代を経ても通用すること」「キリンは価値観の洗練に向き合い続けてきたこと」を実感しました。気付きが得られたのは、社内にアーカイブがあったおかげです。オウンドメディアを運営する意義もアーカイブ性にあると思いますし、従業員がここでの発話をきっかけに気付きを得て、次のアクションにつなげることも期待しています。
