「1人で担当してきた」成功体験がネックに
──ツールもそろい、業務プロセスを改められる土台は整っているけれど、なかなか自分たちで実践できる企業は少ないようなイメージもあります。
そうですね、少ないと思います。また、バイアスとしてどうしても「1人が担当するほうがクライアントに貢献する」という考えから脱却できないのも気になります。そもそも「顧客志向」を取り違えているケースですね。
営業担当者は「すべて自分がサポートして差し上げるほうがいい、窓口は変わらないほうがいい」と思いがちですが、そもそもBtoBは法人同士の付き合いです。担当者がどうかというより、会社として契約前も契約後もしっかり対応してくれることが大事ですよね。各種のツールを使えば、各フェーズでの専門性を担保しながら、部署をまたいでクライアントの情報を共有できるので、1人ですべてを担当するよりもずっと質の高い対応ができます。
――「1人で担当するほうがいい」のようなバイアスを外してITを活用した組織強化へと舵を切るには、やはりマネジメント層の判断が重要になりますよね。
そのとおりですね。現場に近い人ほど、この課題を肌で感じていますが、現時点でマネジメント層にいる人たちは「1人で」の成功体験を経ている人が多い。これがまた、ネックになることが多いようです。
ただ、現場から働きかけて、マネジメント層に過去の経験則を捨ててもらい、会社の舵取りをガラッと変えるのはかなり難しいでしょう。トップの考えが変わらない場合は、現場から少しずつ多数派を集めていく策が有効かと思います。マネジメント層の中にも、変わらなければいけないと思っている方はいらっしゃるはずなので、そうした方を少しずつ味方に引き入れていくことですね。
分業とは“スペシャライゼーション”=専門性の明確化
──では、具体的に分業していく段階では、どういったことが必要でしょうか?
分業というと、日本語では単に業務を細分化して受け持つことが想起され、分けたところに壁ができる弊害も指摘されます。一方、英語だと「スペシャライゼーション」と表現され、専門性を明確にして各業務にあたることを指しています。ひと口に営業と言っても、求められる能力や働きを分解していくと、いろいろな要素がありますよね。昨今言われている「ジョブ型雇用」にもつながりますが、分解して初めて、ではこの部分にはどんな経験値の人が何人必要だ、といったことを見通せます。
このように、一つひとつの業務を専門性の観点で分解して把握することこそマネジメントの仕事だと思いますし、それができる教育をマネジメント層にはしていくべきだろうと思っています。実際にマネジメント層で議論し、取り組んでいる企業はまだ少ないですが、課題として捉えている人は増えている印象です。私に勉強会などの講師の依頼をいただくのも、その表れだと思います。
──なるほど。ここまでのお話で、特に大きな壁になっているのはどの部分だとお考えですか?
「1人で担当するほうがいい」というバイアスと、その成功体験の影響が、思った以上に強いですね。
突き詰めると、人間の「成功体験に依存したい」という気持ちが、変革を阻んでいるように感じます。どれだけ土台が整い、「人×IT」の実現が環境的には可能でも、従来のやり方が正しいという思い込みを外さないことには、人ならではの力をより伸ばしていくのは難しいのではないでしょうか。自分の経験を、深く思慮せずに部下にも押し付けていないか、そんな罠にはまっていないかをマネジメント層の方々は常に自問するといいと思います。
こういったことは会社の体質であり、文化でもあるので、転換していくには前述の課題感を持つマネジメント層と多数派を形成するのと並行して、中長期的に新卒採用に目を向けることが必要だと考えています。若い世代が入れば、会社の文化も変化していきます。
ただしその際、教育の仕組みを改めていく必要はありますね。ひと昔前のように最初についた上司が全部教えるような仕組みだと、育成レベルがバラつくので、それこそジョブ型雇用に対応するような業務の細分化と各業務の教育設計が大事になると思います。
日本企業は伝統的に、ジョブローテーションとして様々な仕事を経験する仕組みはあるものの、脈絡のない異動も多いようです。それでは、組織強化に結び付く人材育成は難しいですし、個人のキャリアパスとしても理想的な形になりにくいでしょう。単に今ある仕事を分解するのではなく、どのようなステップを踏めば理想とするスキルセットが身に付くのかを明らかにした上で、キャリアパスを描くことが有効だと思います。