想像を超えた体験を提供するために、必要な視点とは?
MZ:実際に観察力を養いクリエイティブな施策を設計するためには、どうすればよいのでしょうか?
東:まずは多面的に物事を見ることが訓練になるでしょう。「クライアントはこれでいいと言っているが、もっと上の役職の人はどう考えるか」「メインで訴求している顧客はどう感じるか」「地元にいる知人はどう思うのだろう」といった色々な立場の人の気持ちを考えていくと、ブランドとして「譲れるもの」「譲ってはいけないもの」が浮かび上がってきます。
近年、SNSなどで企業の炎上がよく話題になりますが、その回避策としてもこの考え方は役立ちます。盲目的に企画を信じて突き進んでしまうと、そのリスクに気付けません。一度立ち止まって、「この層の人たちはどう思うか」「この言い回しは誰かを傷つけないか」とあれこれ想像を巡らせることが現代のマーケターには必要です。
MZ:多面的に見ることで、顧客の“深い満足”につながるのですね。
東:そうですね。パーパスから顧客体験へのつながりにおいても、納得感や共感、企業の本気度を感じてもらうためには、顧客の想像を超えて心を動かす必要があります。それは、「ブランドの世界観で顧客を魅了する」ということでもあります。
MZ:具体的にどんな企業が実現しているのでしょうか。
東:成功している企業の一つが、「丸亀製麺」を展開するトリドールホールディングスです。同社はコロナ禍の苦境において、顧客に届けたい価値を見直しました。それが同社のパーパスにある「感動」です。それを起点に、ライブキッチンを展開したりWeb上で上質でシズル感のある製麺工程の写真を訴求したりと、丸亀製麺ブランドらしい世界観を表現しています。
東:このようにパーパスを、事業である「うどんの提供」につなげ魅力的に表現した結果、当社が2022年6月に発表した「顧客体験価値(CX)ランキング2022」で丸亀製麺は1位になりました。このように世界観で顧客を魅了できれば、ブランドと顧客の関係は理想的なものになるのです。
ブランドとして「判断の軸」を持つ
MZ:施策設計で注意すべき点についても、お教えください。
東:「ブランドの世界観を棄損しない」視点も忘れてはいけません。“バズる”ことを目的とした施策ばかりを行うと、ブランドイメージに影響をおよぼすリスクがあります。守るべきところを守れるかどうかが、企業の信用につながるのです。
そのため、ブランドがやるべきではないことを線引きすることが重要です。わかっているつもりでもグレーゾーンは意外に広く、いつの間にかブランドを傷つけていた、という事態になりかねません。
このような線引きできる判断軸を持てるか。それもクリエイティブな作業であり、顧客体験の品質を左右するポイントです。

MZ:作り手としては難しい判断ですね。
東:逆に判断の軸がしっかりとあれば、ネガティブな反応が想定できも、勇気を持ってブランドの姿勢を貫くことができます。それを実践したのが、米国のナイキです。
ナイキは、アメフトのスター選手だったコリン・キャパニック氏を支援し、広告に起用したことで大きな話題になりました。彼は人種差別に抗議するため、NFLの試合前の国歌斉唱中に起立すること拒否し、賛否両論を巻き起こしていたのです。ナイキが彼を支持したのは、同社がスポーツの力で平等や平和を目指すことを掲げているから。1人のアスリートの思いを支援することが、ブランドとしての一貫した姿勢でした。
2018年に出した同広告は、炎上しナイキのボイコット運動も発生しました。しかし“平等”がより重視されるようになってきた社会情勢もあり、以前よりも多くのファンに支持されるようになっていきました。その後「Black Lives Matter」運動も起こりましたが、ナイキが先駆けて人種差別に抗議する姿勢を示したことで、今ではナイキを評価する事例になっています。
営利活動の片手間に社会活動をするのではなく、パーパスによって企業の根幹に社会をよりよくしようという姿勢を根付かせる。そういった企業の在り方がこれからの時代、必要となってきます。
