何よりも注力すべきは「本物」のブランドを作ること
田中:ユーザーの中で製品のことを友人知人に広めてくれる役割を果たすアンバサダーを創り出していくというのはとても興味深い話です。

沖中:私が『伊右衛門』を担当していた時の話です。2004年3月にブランドをローンチした後、上野で『伊右衛門』のサンプリングを行ったのですが、飛ぶように商品がはけていきました。その時、2人組の女性がいらっしゃって、1人の女性が隣の方に「あ、伊右衛門だ。おいしいんだよね。りえちゃんの広告がいいよね」と言ったんです。その時、私は「これが“ブランド”だ」と思いました。自らお金を払って商品を買い、それを友人に勧める。ここにオカネによる関係性はまったくありません。
また、2022年3月に発売し、当初計画の約3倍、年間売上10億円を達成した、男性用のスキンケア製品『VARON(ヴァロン)』でも同様です。VARONではテレビ広告も投入していますが、タレントではなく、実際にVARONのユーザーに登場いただいています。CMには、「夫と妻」「お父さんと息子さん」のリアルな会話のシーンを収めており、台本はなしです。できるだけリアルな話を伝えることを狙いとしています。
田中:なるほど。アマゾンの創業者、ジェフ・ベソスもブランドについて、沖中さんと同じようなことを言っていたのを思い出しました。「あなたがその部屋にいないとき、他の人たちがあなたについて話している、それがブランドなんだ」(参考)。つまり、人々がその製品について評判を話しているその内容がブランドの在り方なんだ、ということですね。

沖中:一般的に“マーケティング”というと、すぐに「いかに売るか?」の話になってしまいます。私は、そのような考え方が必ずしも好きではありません。我々はメーカーであり、本当にいいものを作るのが基本です。表層的なことをやっていても、お客様にはすぐに見破られてしまう。私はブランドをつくる人間として、まずはバリューチェーン全体を見ます。単に“製品”を売るということだけを考えるのではなく、もっと広い見地からマーケティングを捉えていかなければいけないと考えています。
顧客にバリューを提供する手段は「製品」だけに限らない
田中:御社のバリューチェーンを見る時、製品以外のバリューとは何でしょうか。
沖中:まずは、ユニークなバリューを作ることです。たとえば、我々はコンタクトセンター(電話のみならずLINEやメールなど顧客が希望するチャネルで応対するセンター)での応対に力を入れており、ここの応対能力は業界トップクラスだと自負しています。とはいえ、お客様がセンターにお電話して下さる時は、何かの問題をお持ちのことが多いので、お客様の立場になってお話にじっくり耳を傾け、気持ちに寄り添う配慮が欠かせません。
加えて、私どものようなダイレクトビジネスでは、デジタルを用いて、プラットフォームを作ることも重要だと考えています。それが結果的にお客様へのサービスの量と質を高めることにつながるからです。
田中:サービスプラットフォームとは、具体的にどのようなものでしょうか。
沖中:『Comado(コマド)』というアプリを、今後の本ローンチに向けてテスト的に展開しています。これは、サントリーウエルネス会員に登録すればどなたでも利用できるアプリで、サービスのバリューチェーンの内製化に取り組んだ成果でもあります。アプリ提供の目的は、デジタルとリアルを結び付けて最高の顧客体験を提供するため。具体的には、サプリメントの摂取を記録できるようにしたり、トレーニングやストレッチなどを提案するコンテンツをテーマに基づいて選んだりできます。他にも様々な機能があり、サプリメントの摂取を含めて、お客様の日々の健康で心豊かな生活に『Comado』を通して貢献することが可能になるわけです。

このようなサービスも利用いただく機会が増えると、“広告”という手段は、これまでとは変わってくるかもしれません。今まで、健康食品のメーカーは、広告を大量に投下するのが、マーケティングにおける主なアクションでした。ですが、顧客の立場に立てば、別のアプローチもあって然るべきではないでしょうか。