ブランドは進化し、変わってゆくもの
田中:最後に、もう一つお聞かせください。神戸大学名誉教授の石井淳蔵先生が最近お書きになった『進化するブランド』(碩学舎、2022)の書評を頼まれて、今読んでいるのですが、この中に興味深い指摘がありました。今までは「ブランドは管理しなければならない」とされてきましたが、石井先生は、むしろ「ブランドは管理するな」と言っているのです。ブランドは進化し変わっていくものだから、と。
たしかに、どうしたって環境の影響で、ブランドは変わらざるを得ません。その変わる時に、どうすれば良いのだろう? ということを最近考えていて。そういう意味で言うと、ダイキンの歴史を見ると進化してこられたような気がするんですけども、どこがブランドの曲がり角でしたか?
片山:大きなところでいうと、やはり2015年に作られた中期経営計画で「空気と環境の新たな価値を協創する企業」をダイキンの目指す姿として定めた、経営の強い意志だと思います。企業としての方向性が明快に示されたことにより、独自の価値を提供できる企業へブランディングが進化したと思います。
田中:「空調」から「空気」への変化が大きかったんですね。ダイキンさんが変わらざるを得なかったのはどのようなことが影響したのでしょうか。
片山:やはり、環境の変化ですね。シンガポールの首相が「エアコンができたから、人々は暑さ寒さから解放され、知的で文化的なことができるようなった。20世紀最大の発明である」とおっしゃっていました。ですが、21世紀になり、地球温暖化やカーボンニュートラル削減など社会全体で大きな流れもある中で、エアコンの環境に対する負荷は無視できないものになっています。世界中に環境負荷の少ないエアコンを提供するだけでなく、空気で新しい価値を創造し幸せを届けるなど、我々のビジネスや会社自体も変わらなければならない、という先見性のある経営判断がありました。
田中:ダイキンは、単なる“冷やす”“暖める”にとどまらず、さらなる空気の価値を積極的に創造していこうとする「ヒューマンコンディショニング企業」としての取り組みや、社会的共通資本としての空気をこれからみんなで守り育てていくための取り組み「Air the Social on Capital」など、様々な活動を行われています。まさに進化しているブランドの裏にあるブランド論の考え方を聞くことができ、大変有意義な取材でした。片山さん、ありがとうございました。
田中教授のあとがき
ダイキン工業で広告宣伝の責任者として長年勤務されている片山さんは、マーケティング業界でも広く名前を知られている「論客」の一人だ。片山さんの素晴らしいところは、普段は飄々とされながらも、理論的にびしっと筋の通ったブランド論を展開されていること。「ブランドとは差別化である」とか「ブランドとは生活者との約束である」などという定義とはしっかり線引きされている。
こうした見解に、私もまったく賛成である。これらの「定義」はブランドが活動するアウトプットないしインプットを問題にしているだけで、本質に触れていないからだ。そしてブランドとは「妄想」であると片山さんは喝破する。つまり、お客様の頭の中に勝手にできた、その企業や商品に対するイメージこそがブランドだと片山さんは考えている。
この見解は別段、偏ったものではない。対談の中でも触れているが、これはAmazonの創業者ジェフ・ベソスが言ったと伝えられている「ブランドというのは、その隣の部屋で人々があなたについて話していることだ」と共通しており、私もまたブランドの重要な要素として「想像」を考えている。
ではなぜ、ブランド=妄想と考えるのがよいのだろうか。顧客は少しだけの手がかりをもとにして、そのブランドとはこのようなものではないか、と勝手に想像する。であるからこそ、「どのような手がかり=情報を顧客に伝えるか」、また、「いかに顧客が勝手に考えることを方向づけるか」がブランド戦略にとって重要になってくる。
片山さんのこうした活動の成果もあり、ダイキン工業はグローバルで見てもユニークな空調を中心とした企業として発展を続けている。「空気で答えを出す会社」の今後をさらに注視したい。