顧客理解の3つのキー「ファクト」「インサイト」「ギャップ」
プラスアルファ・コンサルティングは、企業が取り巻く様々なデータの活用を支援している。キーワードとして「ビッグデータの見える化」を掲げ、これを実現するための技術研究や分析技術を基に、企業に業務活用できる仕組みとしてサービスを提供している。
同社の五十嵐氏は、消費者ニーズの理解のために定性データを活用したリサーチが求められているとし、その背景として、刻々と変化する社会情勢やテクノロジーの進化があることを挙げる。
消費者のニーズや価値観が多様化し、単なる差別化では難しく、付加価値の提供が求められている。デジタル化の進展とともに、企業と顧客の接点は増加し、新たなデータや体験も生まれている。さらにコロナ禍の影響により、デジタルやテキストのコミュニケーションが拡大した。加えて、インフレや円安、インバウンドといった新時代のテーマが浮上し、最近ではコロナ前のリアルコミュニケーションの復活も目立ってきた。深い顧客理解のためにデータ活用がより重要となっている。
五十嵐氏は、顧客の声や定性データを活用する取り組みにおいて、3つの視点が重要だと説明する。「ファクト」での事実や社会の変化の把握、「インサイト」による消費者の潜在的なニーズや価値の理解、そして「ギャップ」を通じた企業の提供価値想定と消費者が感じた価値との差異のとらえ方だ。このアプローチにより、顧客の声から企業の提供価値を再定義できるという。
SNS投稿から物価高騰に対する消費者の意識を分析
定性データ活用のために注目されている技術が、テキストや文章を解析する「テキストマイニング」だ。特にテキストから言葉の意味を探り、人間が自然に解釈するように発話者の意図を瞬時にとらえる研究が進んでいる。
プラスアルファ・コンサルティングでは、SNSやレビューサイト、顧客アンケート、問い合わせ、音声データ、従業員の声などのデータもとに企業が提供する顧客体験価値を可視化するSaaS型テキストマイニング「見える化エンジン」を提供している。そこで顧客の声を扱うプロセスは「1.収集・一元化」「2.分類・分析」「3.レポート・社内共有」「4.改善検討・サービス創出」と進む。
五十嵐氏は、その中でも「分類・分析」に焦点を当て、昨今の物価高騰やインフレに対する消費者の意識についての分析を例に解説した。
X(旧Twitter)においてインフレや値上げに関連する投稿を数十万件収集して分析した。たとえば、健康関連のカテゴリに着目すると、値上げの中でも栄養価が高いあるいはバランスが良い食品については値上げ後も消費者の関心は維持されていることがわかった。一方で、価格が高く十分なメリットが感じられない商品には、買い控えの傾向が見られた。
「消費者の声を通して得たインサイトは、訴求や販促の材料として活用できるのではないでしょうか」(五十嵐氏)
「健康✕値上げ」の視点に続けて、五十嵐氏は「食事✕顧客体験」で深掘りしたインサイトの例を示す。値上げの状況下においても、無性に食べたくなる、同じ価格帯ならこだわりたい、今日だけは特別といった声が見られた。五十嵐氏は「特に嗜好品に対する欲求は本能的であり、それがどんな感情に触れた時に発生するのかを見るのが重要」だと語り、無意識に作用する感情へのアプローチの有効性に触れる。
なお、XはAPI有償化や仕様変更など変化のさなかにある。データソースとして有効か疑問視する声もあるだろう。五十嵐氏は「Xの投稿量に顕著な変動は見られませんので、引き続き重要なデータソースとして扱って良いと考えています」と語る。
SNS調査とアンケート調査を組み合わせ、より深い洞察を得る
必需品とされる商品の「値上げ」に対して、嗜好品的な側面もある「オタ活」にも注目。趣味を満喫する活動を示すものだが、インフレ傾向にあってもポジティブな意見は、「この自己投資は高価ではあるが、それに見合った価値がある」との声が見られた。ネガティブな意見には、「投資したが、高価に感じる」との声が上がっている。これらの意見については、どちらの顧客に向き合うかが論点になると五十嵐氏は説明する。
オタ活に関連する言葉として「VTuber」も上がってきた。このような比較的新しい言葉や概念がマーケターにとって身近でなくても、ビジネスにおいてどのように関連してくるのかを考えなければ機会を損失するリスクがある。「見える化エンジン」では、AIを用いてキーワードの関連情報を収集し、アイデア創出を支援する。また「温泉」といった一般的なキーワードでも、AIによる分析で新たな着眼点を得られるという。
「分析してキーワードに気づいて終わりではなく、そこをから関連テーマに発想を広げることが重要です」(五十嵐氏)
しかし、SNSだけでは瞬間の言及が中心となり、背景や動機などの深い部分をとらえることが難しい。この問題を補完するために、ネットアンケートや生活者調査を組み合わせ、より深い示唆を得るのがおすすめだ。アンケートも単に顧客の声を聞く「リスニング」だけでなく、詳しい情報を引き出す「アスキング」を行うことが大切だという。
たとえばプラスアルファ・コンサルティングでは「あなたの趣味について教えてください」という設問に加えて、「なぜ始めたのですか?」と「始めた理由」を尋ねたところ、「インフレ対策のために資産運用を始めた」「値上げラッシュだから節約料理を始めた」「編み物を始めた理由は動画でサイト知ったから」「SNSを見て居酒屋巡りを始めた」など、趣味のきっかけには物価高騰やオンライン活動があることがわかったという。
ギャップを探る場合は社員の声も聞く
続いては、企業の持つ強みと市場の声との間の最適なバランスを求める視点である「ギャップ」のとらえ方についてだ。ギャップを調査する場合、「簡易的なもので構わないので社員の意識調査を実施してほしい」と五十嵐氏は語る。社員が考える商品の強みや価値と、SNSやアンケートから得た顧客が感じる体験価値とすり合わせることでギャップが見えてくる。
たとえば、企業が商品について最も伝えたかった価値は「透明感」や「長持ち」だったが、リリース後に消費者が言及する体験価値は「ツヤ」だったというように、ギャップが浮き彫りとなる。ギャップを発見した企業は「ツヤも実は我々の価値の一つである」という新たな認識を抱いたり、「なぜ透明感が受け入れられなかったのか?」と考察したりできる。
DXの進展でテキストマイニングを行う組織が拡大中
プラスアルファ・コンサルティングでは、過去12年間にわたり定性データや顧客の声活用の支援をしてきた。
「顧客の接点がダイレクトに変わってきた業界で、顧客の声からの企業活動を見直したいという声が上がっています」(五十嵐氏)
部門もマーケティングだけでなく、お客様相談室、そしてR&Dと呼ばれる商品企画や開発部門が増加した。利用しているデータはマーケティング部門では従来のリサーチやインタビューに加え、コールログや問い合わせデータの利用が増加傾向にある。一方、お客様相談室ではアンケートを活用して能動的に声を収集する動きが見られる。このように部門横断で複数のソースを活用することが定着してきている。
顧客対応記録の活用が進展、特に音声データ解析の需要に高まり
近年ではコールログや営業日報といった顧客対応記録が注目されている。音声データや従業員が気づいた顧客の声は、現場の生の声として非常に価値があるのだ。
コールログからは顧客の具体的な問題点や顧客像に基づく改善要望をとらえることができる。一方、営業日報ではエンドユーザーではなく販売店の声や、販売店を通した顧客の声を得られる。何が求められているのか、どのような点が受け入れられている・いないのかを分析できるわけだ。
これらのデータを組み合わせることで、分析の精度を向上させることができる。たとえば、コールセンターで特定のネガティブな問題点が浮上した場合に、SNSのデータを参照すると、それが一部の意見であることが明確になる場合がある。複数のデータソースを統合的に分析することで、どの声に重点を置くべきかが明確になるのだ。
また、CRM部門では、コールログとCRMのデータを結びつけ、さらにSNSとの連携も進める動きも出ている。会員情報だけでなく、顧客の日常や悩みをとらえ解像度を上げることで、より深い関係の構築につなげているという。
「顧客の声」として、音声データの活用も注目されている。一口に音声といっても多様なデータがある。マーケティング分野においては顧客対応記録における音声や、インタビューなどマーケティングリサーチ上の音声、店頭で接客での会話などが考えられる。
音声・会話の分析はテキストベースの分析とは異なるアプローチが可能だ。たとえば、誰が・どのようなことを・どれだけ話したかなどがわかる。また話題の把握についても、最初に取り上げられやすい話題は何か・会話のフェーズによって話題はどう遷移するかなどの分析が行える。会話の流れを観察することで、特定の話題や問題点がどのタイミングで現れるのかが明確になる。
たとえば、接客指導の場面で、ベテランの店員がどのような会話の切り出しや展開をするのか、またそれがどのような結果をもたらすのか、といった分析から、効果的な接客方法や、接客の質を向上させるための手法が明らかになるのだ。
「顧客の声を根拠とした社員の声」の共有がビジネス成長の鍵
五十嵐氏は、顧客の声(VoC)をポータル化し、各業務部門が業務に活用するだけでなく、その声から得た社員の気づき(VoE)集約し、組織を横断して共有する必要性も示す。
VoEはVoCに基づいているため根拠が明確だ。社員が部門を超えてVoEを確認することで、さらなるアイデアや意思決定の根拠が得られるというメリットもある。DX部門やデジタルマーケティング部門が旗振り役となり、各部門がVoCとVoEを活用して戦略立案や施策実行を行い、その結果得られる声をフィードバックして蓄積していく動きが大企業を中心に始まっているという。
五十嵐氏は、最後に改めて顧客の声を可視化し、組織的に活用する重要さを唱え、次のようにコメントし、講演を終えた。
「顧客の声には大きな可能性が秘められています。ファクト、インサイト、ギャップの示唆を得る過程では、人々の持つ思考力や創造性が引き出されます。このプロセスを通じて、改善だけでなく革新的なアイデアが生まれています。顧客の声をアイデア創出に活かせる組織は、データ活用が高度に進んでいるといえるでしょう」(五十嵐氏)