バド・ライトの大炎上はどこに問題があったのか?
田中:そんな出来事があったのですね、知りませんでした。一連のお話しをお聞かせいただけますか?
ルース:バド・ライトは、マーケティング戦略として若年層にアプローチしなければならないと考えていました。そこで、若年層の新規顧客をターゲットにしたキャンペーンを企画したのですが、既存顧客がそのキャンペーンにどう反応をするかをリサーチするのを忘れてしまったんですね。
キャンペーンでは、トランスジェンダーであるディラン・マルバニー(Dylan Mulvaney)という著名で若年層からの支持が厚いTikTokインフルエンサーが起用されました。しかし、みなさんご存知のとおり、LGBTQ問題に関してアメリカの政情には大きな分断があります。この問題は、特に大きな火種になるものです。キャンペーンが始まってから、ディランが自身のInstagramに「15,000ドルの懸賞があって、バド・ライトの広告を手伝うことになった。バド・ライト大好き。くじ付き懸賞に応募して懸賞金をゲットしてね」とポストすると、保守派の人たちがものすごい勢いでバド・ライトを叩き始めたのです。
保守派の人たちは、「もう2度とバド・ライトは買わない。バド・ライトは大嫌いだ」と言い、街中のバド・ライトの広告には、大きな赤い丸とスラッシュのサインが書かれました。バド・ライトを運ぶトラックの運転手に暴言を吐く人もいたようです。
田中:なんと。バド・ライトは、地域の労働者に支持されていたと思います。トランスジェンダーの問題がそんなに大きく影響するんですね。この事案では、何がいけなかったんでしょう、キャスティングでしょうか、あるいは、メッセージでしょうか。
ルース:既存のお客様がそのプロモーションにどんな反応を示すか、それをマーケターがリサーチしていなかったことですね。売上の大半は既存顧客からもたらされます。マーケットリーダーの位置にいるブランドにおいては、こういったことが特に重要となります。
田中:元々は、Z世代など若年層を惹きつけたかったんでしょうか?
ルース:そうです。ビールはアルコール飲料の入り口にあたります。若い人々が最初にお酒を飲む時、まずはビールを試すんです。ですから、ビールブランドが若年層を取り入れようとする戦略はある意味まっとうなものです。あの炎上は災害のようなものですが、ブランドの信頼性はすぐに破壊されてしまうことを示した事例と言えると思います。
田中:ブランドは謝ったのですか?
ルース:彼らはできることすべてに対応しました。マーケィングマネージャーは解雇され、新しいマネージャーを他の会社から雇い入れています。この夏は新しいキャンぺーンが展開されているのを見かけました、失った顧客を取り返そうと必死のようです。
田中:元のキャンペーンは葬られてしまったのですね。
ルース:ビールは最もコモディティ化が進んでいるカテゴリーの1つです。ですから、怒ってブランドから去ってしまった人々に戻ってきてもらうのは、とても難しいでしょう。
田中:この話は、1985年のニューコーク事件を思い出させます。ペプシに市場シェアで追い上げられたコカ・コーラ社がそれまでのコカ・コーラを廃して「ニューコーク」を出すと発表したところ、既存顧客から「私たちのコカ・コーラを返せ!」との訴えが殺到した事件でした。歴史は繰り返すということでしょうか。
本日挙げていただいた、5つのキーワードに関しても、歴史が繰り返されているように感じました。ニューヨークの最新事情をどうもありがとうございました。
田中教授のあとがき
今回、ルースさんがニューヨークの最新トレンドとして挙げたのは、次の5つのキーワードでした。
1.カスタマーマネジメント
2.ビデオ動画
3.マーケティングメトリクスとしての財務用語
4.CX(顧客経験)
5.信頼と本物性
もしかするとどの用語も、最近のマーケターにとっては以前からある用語のように受け止められるかもしれません。しかし肝心なことは、コロナ禍を経て、このようなトレンドがニューヨークのマーケターにとって本気で取り組むべきトピックになったことです。
たとえば、2の動画ひとつを取っても、日本のマーケターには当然のように聞こえるかもしれません。ルースさんが示唆している重要なポイントは、動画の新しい使い方やコンテンツの開発に、NYのマーケターは今よりいっそう真剣に取り組んでいるということです。
また、財務用語がマーケティングのメトリクスとして使われるようになったことは、日本のマーケターにとっても見逃せないトレンドだと思います。これまでのように、ブランドの知名度がどの程度アップしたか、ということだけでなく、知名度のアップがどのように財務指標に影響するかまでを考えてトップマネジメントと話す必要があるということです。同じことはカスタマーマネジメントやにつCXいても言えます。我々に突き付けられているのはいかにしてこれらのカギ概念を徹底的に使いこなせるかということです。
ルースさんが挙げた5つのキーワードは、日本のマーケターがこれから重視すべきポイントとして無視できないものになるはずです。