「年間広告費は2.5億円!異端の歯科医院が看板広告を制するまでの波乱万丈ストーリー【前編】」もあわせてどうぞ。
データは参照しても数字の意味は考えない
思い立ったが吉日、きぬた先生は八王子近辺で徹底的に攻勢をかけた。地図を仕入れて人が多く集まる場所(観光地)や視認性が高い場所(長い直線からカーブにさしかかる場所)、目視時間が長い場所(よく渋滞する場所)を予測し、片端から看板を設置。高尾山口駅、その駐車場、幹線道路の特定の場所など、一週間に1ヵ所のペースで設置場所を一気に広げていった。確実にうまくいく自信があったため、他社から真似される前に着手したという。
加えてきぬた先生は、既存顧客のデータを参照しながら看板の出稿戦略を考えた。西八王子から車や電車で約30分の距離にあたる相模原近郊から来院する顧客が多い一方、相模原近郊からほど近い町田近郊からの来院はほとんどないことが判明。明確な理由はわからないが、顧客になり得る場所とそうでない場所がデータで可視化されたため、そのデータを基に行動パターンを予測し、看板を配置したのだ。
「今でも『なぜこの場所からの顧客が多く、この場所には顧客が少ないのか』などの明確な理由はわかりません。でも、完璧にわからなくて良いんですよ。顧客がいるという事実が明らかな以上、その人々の行動を中心に看板を展開していけば良いだけなので」(きぬた)
きぬた先生のこの解釈は正しい。データ分析は必ずしも真実を浮き彫りにするために行うものではなく、あくまで傾向を読むものであり、そこから何らかのヒントを見つけ出して次のアクションに活かすことが何よりも重要だからだ。可能な限りコストをかけずに傾向を見つけることができれば、それに越したことはないはずだ。分析のための分析になってしまっては何の意味もない。
即効性の高い看板広告には「衝撃」がある
話を戻そう。きぬた先生は「ここだ」と思う場所があれば土地の所有者に直接交渉し、看板の設置場所を鉄骨で新規につくってもらったことも少なくないそうだ。看板は交渉次第でいくらでも立てられる上、看板の形状はいかようにも変えることができる。これらの事実はあまり知られていない。
戦略に基づいて看板広告を出稿した結果、2012年のきぬた歯科の売上は前年の約1.6倍まで成長した。ここで思い出してほしい。2012年の前半はクローズアップ現代の特集により、過去に類を見ないほど閑古鳥が鳴いていたことを。2012年の後半にかけて急速にリカバーしたと言えるだろう。きぬた歯科がこの年に大きく取り組んだのは看板広告だけである。
このデータを見るまで、私は看板というものを勘違いしていたかもしれない。看板は長い時間軸で費用対効果を測る広告媒体だと思っていた。しかしながら一年以内、いや、工夫次第ではそれより早い即効性を期待できる広告媒体だと言える。看板広告で素早く成果を得るには条件があるそうだ。
「看板広告に関しては全て自腹で数を試してきたので、誰にも負けない自信があります。看板広告で最も大事なことは、見ている人たちに衝撃を与えることなんですよ。衝撃が全てだと言っても過言ではありません。誰も看板なんて見たくないんです。だからこそ、見てもらえる工夫が必要なんですよね」(きぬた)
「誰も看板なんて見たくない」という前提に立つ。このスタンスがきぬた先生の真骨頂と言えるだろう。この前提が抜けると、全ての施策が水の泡になりかねない。話をうかがう中で、きぬた先生が言うところの“衝撃”にはいくつかの種類があることに気付いた。それは「クリエイティブで与える衝撃」「数で与える衝撃」「配置で与える衝撃」の三つだ。一つずつ解説していこう。