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田中洋が紐解く、ビジネス成功のキーファクター

3回失敗できる人は何人だろうか?内田和成氏が語る、日本でイノベーションが生まれない決定的な理由

 ブランド戦略論の第一人者であり、中央大学名誉教授でもある田中洋氏による本連載。第7回は、日本コンサルティング業界の草分け的な存在であり、早稲田大学名誉教授である内田和成先生と対談。「イノベーション」をテーマにした対談の後編では、日本でイノベーションが起きづらい決定的な理由についてもお話しいただきました。内田先生がベンチャー大国のイスラエルで受けた衝撃とは、どのようなものだったのでしょうか。

時には「無理やり」起こすイノベーションがあっても面白い

田中:今回は、内田先生がイノベーション研究会の皆さんとお書きになった書籍『イノベーションの競争戦略: 優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?』を取り上げさせていただき色々な話を伺っています。

田中洋先生
中央大学名誉教授 田中洋先生

 前編では、イノベーションの定義と要件を学ばせていただきました。「偉大な発明をしても、それが顧客の行動を変えるところまでいかなければイノベーションではない」というのが核論でしたが、インベンション(発明)を人々の行動変容に繋げてく時、マーケティングのスマートなやり方はあるのでしょうか?

『イノベーションの競争戦略: 優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?』東洋経済新報社 (2022/4/8)
『イノベーションの競争戦略: 優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?』東洋経済新報社

内田:これは書籍でしっかり書けなかったのですが、元々世の中に定着しているものを変えようとするのには、かなりの努力と時間が必要になります。たとえば、お尻は紙で拭くものだという常識があったところからウォシュレットを普及させるために、TOTOさんは相当な年月をかけられている。このように既にあるものを変えようとする場合には、いくらスペックが優れていても、それなりの工夫や仕掛けがないと、世の中に自然に定着していくことはありません。

 ですから、マーケティング的な観点で言うと、技術だけでなく、社会構造の変化や消費者の心理をうまく捉えて、そこに乗っかるという考え方が一つあると思います。しかし、それだけではイノベーションのスピードはスローになると思われるので、時には無理やり進めていく「人為的なイノベーション」が出てきてもよいと考えています。

内田和成教授
早稲田大学名誉教授 内田和成先生

 私が人為的イノベーションの例として挙げているのは、銀行やコンビニで当たり前のように使われているATMです。

 昔、銀行預金には通帳と印鑑が必要でしたよね。銀行通帳と印鑑を持って銀行の窓口に行き、書類を書いて提出し、しばらくするとまた呼ばれて現金を渡される。これが銀行の常識でした。今考えると笑い話ですが、当時の銀行は、このようにカウンターで銀行員がサービスすることが常識だったわけですね。

 ですが、これでは人件費がかかりすぎてたまらないということで、まずCD(キャッシュ・ディスペンサー)が導入され、その後ATMで預金もできるようになっていきました。あの移行は、実は自然に進んだものではなく、住友銀行(今の三井住友銀行)が仕掛けたものなんですよ。

 当時何をやったかというと、窓口のカウンターを半分閉めたんです(笑)。かわりにCDコーナーを充実させて、そこに案内係を立たせたのですが、銀行はそれまで“接客業”とされていましたから「自分たちの相手を機械にさせるのか」「そんなことなら他の銀行にいくぞ」と文句が殺到したそうで。それでも、住友銀行は顧客の声を聞かずに移行を継続させたんですね。

 「おかげで住友銀行からお客さんを獲得できる」と他の銀行が喜んだのもつかの間、他の銀行も小口の資金の出し入れを行員にさせていては算盤に合わないということに気づき、結局はみんな住友銀行に追随していきました。このように定着している人々の行動を変えることは、結構な時間と腕力のいるものなのです。これはかなり人為的に起こしたイノベーションの例だと思います。

近年の人為的なイノベーションの例

田中:窓口カウンターを半分閉めるというのは、なんともシンプルで面白いですね(笑)。

内田:もう一つ、私が面白いなと思ったのはPayPayなどのモバイル決済の普及ですね。あれも、私から見ると、人為的なイノベーションに分類されます。

 みなさんご存知かもしれませんが、元々、モバイル決済はアフリカのケニアと中国で最初に普及しました。銀行口座やクレジットカードを持っていない人が多く、現金を持っていても偽札や盗難の事件が多い。そこで、スマートフォンは約9割の人が持っているから、スマホでやり取りできるようにしよう、と生まれたのがモバイル決済です。

 一方、日本は現金もクレジットカードも使えますし、Suicaなどの電子マネーも既にありました。つまり、本来なら、モバイル決済は必要ないのです。そんな状態からモバイル決済を普及させるために、100億円還元キャンペーンが展開されたのは記憶に新しいですよね。要は、消費者に無理やり使わせたわけです。また、加盟店の開拓もどぶ板営業的に行われています。

 PayPayの前にもLINE Payなど類似サービスがありましたが、あまり普及しなかったことを考えると、やはり既に日本にはよい決済手段があったことが大きいと考えます。社会構造の変化や消費者の心理など世の中の流れを読むことも大事ですが、PayPayのように世の中を意図的に変えていくようなイノベーションも時にはあったほうが面白いですよね。

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この記事の著者

田中 洋(タナカ ヒロシ)

中央大学名誉教授。京都大学博士(経済学)。マーケティング論専攻。電通で21年実務を経験したのち、法政大学経営学部教授、コロンビア大学客員研究員、中央大学大学院ビジネススクール教授などを経て現職。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長を歴任。『ブランド戦略論』(2017年、有斐閣)など...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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2024/02/02 09:30 https://markezine.jp/article/detail/44510

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