負の二項分布は、日本市場にも当てはまる?シャンプー市場の分析例
マーケティング理論や経営戦略の中には、言っていることが正反対なものもあります。それは、一見対立しているように見えて、実はカテゴリーやブランドの規模によって当てはまる/当てはまらないが分かれていたり、異なるゴールに対する手段を同一土俵上で比べているからだったりします。
購買行動やビジネスゴールが違えば最適な手段も変わるため、ロジックが逆のものも当然出てくるということです。
マーケティングでよく見られる対立構造例
顧客vs.未顧客
防止vs.新規獲得
ロイヤルティvs.浸透率
短期の販促 vs. 長期のブランド構築
STP vs.カテゴリーエントリーポイント
デジタル vs. 従来メディア
ターゲティングの精度vs.リーチの広さ
差別化vs.セイリエンス
合理的な説得vs.感情的な訴求
BOFU(Bottom of the Funnel) vs. TOFU(Top of the Funnel)
例として、「ブランド成長のメインドライバーは浸透率かロイヤルティか」という対立について、考えてみましょう。
エビデンスベーストマーケティングの研究者の多くは、ブランド成長のメインドライバーは浸透率だと考えています(ex. Sharp, 2010)。いかなるブランドも市場の大半は未顧客であり、顧客基盤の大部分をライトユーザーが占めているからです(i.e., 負の二項分布、NBD)。
『戦略ごっこ』上梓後、よく本書の内容が日本市場にも当てはまるのかと聞かれるのですが、日本市場も例外ではありません。たとえば、次のグラフは全国のスーパーマーケットとドラッグストアの購入データから作成したもので、日本のシャンプー市場における負の二項分布を表しています(出所:カタリナ消費者総研)。


グラフからわかるように、大きなブランドでも小さなブランドでも顧客の大半はライトユーザーですし、短期で見ても中長期で見ても負の二項分布を示すこと自体は変わりません。ただ小さなブランドの経年変化を比べると、1回購入する人が大幅に増え、かつ2~3回リピートする人もやや増えていますね。これは、やはりライトユーザーが極めて多いこと、そして中長期で見れば、そうしたライトユーザーを多く取り込みながらブランドが成長していることを表しています。
つまり、日本のシャンプー市場も典型的な「ダブルジョパディ」のパターンを示しているのです。
実は、より長いスパン(5年間)で、消費財200ブランドの行動ロイヤルティを分析したDawes et al.(2022)によると、
・購入回数が5年間で5回以下の人が顧客の8割、売上の4割を占める
・ある年の売上の内、前年に買わなかった未顧客による売上貢献は40%弱
という傾向が明らかになっています。これは、年に1回以下しか購入しない“ウルトラ”ライトユーザーが顧客基盤の大半、かつ売上の半分近くを占めているということを意味します。
同様の傾向は他の再現研究でも確認されており、特に小さなブランドでは、顧客基盤に占めるウルトラライトユーザーの割合および売上貢献が大きくなるようです(Graham & Kennedy, 2022)。従って、小さなブランドほどリーチを広げ、CEPを増やし、浸透率を高めることが急務になります。
しかし、これは「既存顧客のことを考えなくていい」とか「ロイヤルティなんて存在しない」という意味ではありません。ブランドの成長にはカテゴリーユーザー“全員”を視野に入れる必要が……【続きは第2回の記事にて!】
※引用文献リストは、次回記事末尾に掲載いたします
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