「1回きり」しか買わない人が多いとどうなる?
西口:企業が便益と独自性のあるプロダクトを提供し、顧客がそれらを認知して「価値がある」と感じたら、顧客の人数は増えていきます。購入後に使って、プロダクトを気に入り頻繁に買うようになれば、購入頻度が上がります。
また、高い価値を実感したら関連商品や関連サービスにも期待して購入するかもしれません。すると、1回の購入単価が上がります。たとえば食品なら、1回の買い物で1つ買っていたのが2つ買うようになる、違う味のシリーズ商品も買うようになる、などです。
MZ:「アップセル」や「クロスセル」は、それにあたりますか?
西口:その通りです。アップセルはより高価格帯のプロダクトを買っていただくことで、クロスセルは関連プロダクトも買っていただくことを意味します。
「MarkeZine」で考えるなら、Webの閲覧ユーザーに定期雑誌も契約購入いただくとか、教育講座に来ていただくなどですね。
MZ:購入頻度は、月1で買っていたお菓子を週1で買うようになる、などでしょうか。
西口:そうですね、それはとてもいい頻度の増加ですし、月1の時点でも、習慣化しているなら上々です。実際には、月1どころか1回きりの購入で終わってしまう顧客が多いです。
仮に顧客数や単価は増えていても、1回きりの購入ばかりでリピートが望めなければ、何だか厳しいビジネスになりそうだと思いませんか?
MZ:確かに、どんどん新しい顧客を呼び込まないといけなくなりますね。言われてみれば、食品や日用品などの消費財だと、1回しか買わないものってたくさん思い浮かびます。話題になっているから買ってみたけれど、期待したほどじゃない、私の好みではなかったとか。
売り上げと利益をロイヤル顧客が担っていたロクシタン
西口:そうですよね、私も同じです。車や住宅はまた違いますが、多くのビジネスにおいて、2回目、3回目と継続購入いただける方をどれだけ増やせるかが、売り上げ向上のために非常に重要な目的となるのです。
ここで、吉永さんが冒頭で挙げられた「新規顧客かロイヤル顧客か」という議論を考えてみます。結論からいうと、新規顧客が2回目、3回目と購入を続けやがてロイヤル顧客になるので、どちらが重要かという一元的な議論はできないと考えています。
その時の事業の状況やビジネス上の課題に応じて、より投資すべきほうを選択し、適切な戦略を実行するということです。
ただし、ほとんどのビジネスで、ロイヤル顧客が全売り上げの大きな割合を担っていることは念頭に置く必要があります。以前私が代表取締役を務めていたロクシタンでは、当時、年間の顧客の上位16.5%が全売り上げの60.5%を、利益に至っては100%を担っていました。
MZ:利益の100%、とはどういうことですか?
西口:企業は、売り上げを「1回以上買ってくださった顧客」からいただいていますが、まだ1円も購入していない、いわゆる潜在顧客に対してもいろいろな費用をかけていますよね。その方々は売り上げゼロなので、「売り上げ-費用」のプラスマイナスを考えると常にマイナスです。
また、ロイヤル顧客以外の84%の顧客も売り上げ以上に費用がかかっていたので、マイナスでした。それらのすべてを埋めてプラスにするだけの利益分が、たった16%のロイヤル顧客に由来していたのです。
全体で見ると売り上げは微増でも費用がかさみ、利益は数年で劇的に落ちていました。