沿線住民の生活を支える阪急阪神ホールディングス
関西に住む多くの人が接点を持つ、阪急阪神東宝グループの一つである阪急阪神ホールディングス(以下、阪急阪神HD)は、9,976億円(2023年度)の営業収益で、主に6つの事業体を構成した全107社から成る企業体だ。グループ売り上げの5割以上を担う鉄道と不動産事業、宝塚歌劇団や阪神タイガースを擁するエンターテインメント事業、さらには情報通信や旅行代理店と複合的な事業を展開している。
阪急電鉄をはじめとする5社が中核会社として各コア事業を推進しているが、DXプロジェクト推進部は、全体像を把握できる阪急阪神HD直下のグループ開発室に設置。全体戦略に沿った施策の企画・立案・実行をするとともに「データ分析ラボ」で分析に取り組んでいる。
「2021年から『お客さまを知り、お客さまにサービスをきちんと届け、コンテンツを磨いていく』ためのOne to Oneマーケティングに力を入れています。第一の取り組みとなるのが、グループ共通の『HH cross ID』です」と、DXプロジェクト推進部長の山本氏は紹介した。
サイロ化されたデータ統合に着手
同グループは、顧客の生涯をサポートする幅広い商品やサービスを提供している。沿線に住む人々は、幼少時代にプログラミング教室や登下校の見守りサービスを利用し、やがて鉄道の通学・通勤定期を持つ。適齢期になれば、系列ホテルで結婚式を挙げたり、マンションを購入したりする。子どもができれば、また見守りサービスを利用するのだ。
「しかし我々阪急阪神グループは、お客さまのことを実はまったく知らなかったのです」と山本氏は切り出す。なぜなら、これまでは事業会社ごとに集めた個人情報は、サービス提供の範囲で活用が限定されており、グループ内で引き継がれなかったからだ。長くグループの各種サービスを利用してきた人であっても、違う事業会社では新規顧客扱いだったのである。
「阪神タイガースには阪神タイガースの顧客名簿、宝塚歌劇には宝塚歌劇の顧客名簿がありますが、阪急阪神グループ全体の顧客名簿は約120年、存在しませんでした」と山本氏は振り返り、HH cross IDを導入したことで顧客管理の基盤が構築され、顧客データの統合と分析が進められるようになったと語った。デジタル系サービスではログインパスワードとして使用し、リアル系サービスは認証デバイスとHH cross IDを紐づけることで、すべての行動データをCDP(Customer Data Platform)に蓄積できるようになった。
顧客はひとたびHH cross IDを持てば、リアル施設もECサイトも、スムーズにサービスを受けられるようになり、最終的にはシングルサインオン(1度のユーザー認証をすれば複数システムを利用できる仕組み)で、各種データや様々なアプリを利用できることを目指している。
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DX推進のカギとなる、本社と各事業会社の役割分担とは
山本氏はDX推進について、阪急阪神HDのような複合的な企業体では、本社が進めるDXと事業会社が進めるDXは自ずと違ってくると指摘。共通IDの作成やデータ分析、決済、ECプラットフォームなどは本社が担当し、各事業会社は事業主体として、アプリを作るなどの形で顧客とつながるといった分担が肝要だという。
「実は一番危険なのは、本社がアプリを作って顧客接点を取りにいくことです。120年をかけて作った顧客接点は各事業会社にあります。DX推進とはいえ、本社がそこに介入することはありません」(山本氏)
本社がDXの推進に着手すると、グループ内の事業会社側と衝突することは少なくない。しかし「データ分析で成果をあげ、推進を実現できています」と山本氏が語るように、多くの事業会社が本社の行うデータ分析に価値を感じているそうだ。最終的には事業部門がCRMを担当し、ホールディングスではCDPを管理する。このCDPで、阪急阪神グループ全体で大切な顧客データを長く適切に保存していく。
円滑な事業継続のための、CDP選定3つのポイント
将来を見越してデータを収集・蓄積していくにあたり、CDPの選定は重要だ。同DXプロジェクトでは「Treasure Data CDP」を採用。アイテック阪急阪神(以下、アイテック)の垣之内氏は、次の3点を選定理由に挙げた。
1点目は、マーケティングツールとの連動性だ。MAやBIといったツールは各事業会社の領域であり、事業の特性や状況によって必要な要素や条件が異なる。そこで、各種ツールとの連動性が担保されていることが大きなポイントとなる。
2点目は、阪急阪神グループのデータ分析ラボでPythonを使用しているため、その連携性における相性の良さだ。
3点目は、取り込み元のデータ形式を問わない点である。本社のCDPには、各事業会社に様々な形式で保有されているデータを効率よく取り込み、クレンジングや共通化ができることが求められた。そこで、基盤として共通のクレンジング方針を持つべきだと考え、阪急阪神HDが主幹となってデータ形式や定義のすり合わせを行い、CDP内に構築した。
DX基盤構築において重視した点は、「オープン思考でSaaS型のサービスを積極的に採用すること」だと垣之内氏。従来はオーダーメイド型の開発が多かったが、今後のサービス継続性や保守性を鑑みて、極力作り込みを排除した。またWebやアプリなど、サービス層でのソリューション開発を支える基盤としては、「顧客データ基盤」と「サービス共通基盤」を準備した。
顧客データ基盤では、ID認証の基盤にSaaSを採用しつつ、前面に「認証ヘルパー」というID認証共通機能を用意。これにより、各サービス側での認証系開発を不要にしたことでコストが低減し、個人情報取得のレギュレーション管理も厳密にできるようになった。
顧客データ管理では、CDPと各事業会社の間にゲートウェイ領域を構築することで、データ投入前にセキュリティのレギュレーションを管理可能にした。データ成形でも、CDPに格納されるデータの精度が上がり、構築も効率化できる。サービス共通基盤では、HH cross IDに紐づいて提供される予約・決済・ポイントなどのサービスを順次共通化している。
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DXプロジェクト開始から1年半で、ほぼ自走できる状態に
データ分析はグループ競争力の源泉となる重要な分野であるため、グループの情報室部門としてIT投資を最適化するミッションを担うアイテックは、当初から内製化を期待されていた。
顧客データ活用のコンサルタントとして同プロジェクトに参画したインキュデータの鈴木氏は「私たちはクライアント企業が自走化できることをパーパスに掲げています。同プロジェクトにおいて『自走化』を進めるための重要なポイントは、CDPを使う阪急阪神HD様とアイテック阪急阪神様の役割の違いを明確にしていただいたことです」と解説した。
阪急阪神HDはCDP内のデータを利活用する立場、アイテックは主にCDP環境を構築し、ホールディングスからの問い合わせを受け付ける立場である。それぞれに必要となる情報や知識も異なる点を踏まえて、レクチャーを実施した。
レクチャー後は、ナレッジが構築されるたび業務を移管し、アイテック側で実施できる範囲を広げていった。その結果、2021年のプロジェクト開始当初は開発業務の8割程度をインキュデータが担っていたが、1年半後には約1割まで減らすことに成功。現在は実質的に阪急阪神HDとアイテックの2社間でプロジェクトが回っている。
「インキュデータの提案には最初から内製化の支援が含まれており、共にプロジェクトを進めることで、グループ内にソリューションやノウハウを蓄積できました」と垣之内氏は振り返る。加えて、データ分析に関する知見や高い技術力によるトラブル対応も、安心できるポイントであったという。
データは集めるだけでなく、味方につけることが重要
最後にインキュデータ加松氏から、山本氏に今後の構想や目指す世界観について質問。山本氏は「顧客データをお預かりし、分析して、リアルとデジタルが融合した革新的なサービスを創出すること」だとし、それを共感する企業と共有したいと答えた。
「鉄道会社に限らず、コンシューマ向けのサービス業を営み、顧客名簿を持つ企業と規模の大小を問わず顧客管理を共有できる体制を構築するのが一つの夢です」(山本氏)
オンプレミスや自社のサーバルームでシステムを構築すると会社ごとのシステムになりがちだが、ベンダーがシステムをSaaSとして販売することでユーザー企業はシステムを共有でき、シェアリングによるコスト削減が実現する上に、顧客への新たな価値やサービス提供にもつながる。
加松氏は「企業においてDXなどを実現させ、成功するためには、データ活用は不可欠です。その前提として自社の保有データを可視化、棚卸しを行うことこそが最も重要です」と加え、「インキュデータでは、パーパスの策定からマーケティングの施策、デザイン、そしてDX人材の育成まで行います。ビジネスとデータの両軸からの支援を提供しています」と述べた。
インキュデータには、「データ活用の目的が不明瞭である」「データの整備や連携が不十分でサイロ化している」「データ活用に必要な知見や人材が不足している」といった悩みが多く寄せられる。心当たりのある企業は「攻めにも守りにも活用できる、そのためのデータ基盤」としてのCDPの在り方を検討してほしいと述べ、加松氏はセッションを締めくくった。
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