アプリマーケ戦略に与えるATTの影響
――ネット広告ではCookie規制への対策が大きなテーマになっています。プライバシー情報を保護する動きはアプリマーケティングにどのような影響を及ぼしていますか?
藪下:まず無視できないものが、Appleが2021年に制定したATT(App Tracking Transparency)です。ユーザーの許諾を得なければ、IDFA(Identifier for Advertisers:広告識別ID)を取得できなくなったため、広告戦略の変更を余儀なくされました。
このような状況下では、最新動向を常に把握し、その影響を適切に評価することが重要です。たとえばSKAdNetwork(以下、SKAN※)が3.0から4.0へと変更されることの影響などが挙げられます。SKAN計測環境下ではコンバージョンポストバックの遅延や欠損の制限があることなど、SKANの仕組みに関する基本的な知識を前提として把握する必要があるでしょう。
※SKAdNetwork(SKAN):Appleが開発した、プライバシーに配慮して広告キャンペーンの効果を測定するフレームワーク
ヤン:藪下様が話されたように、ATTは計測や最適化に大きな影響を与えています。加えて、キャンペーンの設計にも制限が生じています。以前は自由に多数のキャンペーンを作成できましたが、ATTにより、同時に走らせることができるキャンペーンは9つしか作成できません。このような制限は、特にグローバルで事業展開を行う企業にとって大きな課題となっています。
インクリメンタルCV9.5%増の例も、Metaが状況を変える
ヤン:これらの課題を解決すべく、Meta社は2022年内にATT導入後の環境における効果測定の基盤を確立しパフォーマンスと安定化に注力。2023年からATTに対応したソリューションの開発に力を入れています。
計測と広告配信の両面でアプリキャンペーン用のソリューションを提供しており、たとえば合算イベント測定「App AEM」や、広告配信設定をAIにより自動化する「ASC for App」があります。詳細は後述しますが、「App AEM」使用することでインクリメンタルCV(コンバージョン)が9.5%増加したという結果が得られています。
これらの新しいソリューションの検証・改善を重ねるべく、アプリに関する知見が豊富なCyberZ様と「KAIZEN for APP」という取り組みを通じて強固なパートナーシップを構築。両社で仮説検証のサイクルを回しながら、現場の声を直接聞き取り、プロダクト開発に確実に反映できるよう努めています。
スマートフォン黎明期からスマートフォン広告やアプリ広告に注力してきたリーディングカンパニーであるCyberZ様と密に連携することで、広告主様のニーズに即したプロダクトの提供と改善が実現していると感じています。
藪下:隔週で両社合同の定例会議を開催しており、Meta様からプロダクトのβ版を含む最新のソリューションの共有を受けながら検証を進めています。急速な変化の中で、公式のアップデート情報やサポートサイトなどを確認するだけでは情報を正確にキャッチアップすることは難しいと感じています。そのような状況下で本取り組みを通して弊社がMeta様の最新情報をいち早くキャッチアップし、市場に展開することが広告主様にとっても大きなメリットとなっていると考えています。
――Metaのソリューションと、広告主の声を知るCyberZによってATT環境下でのアプリマーケティングが変化してきていることを感じます。ここからは、具体的に何がどう変化しているのか詳しく聞いていきたいと思います。
プライバシーに配慮した戦略を実現する「App AEM」
――Metaのソリューションによって、具体的にアプリマーケティングはどのような変化をしているのでしょうか?詳しく教えてください。
ヤン:まず合算イベント測定「AEM(Aggregated Event Measurement)」についてご紹介します。AEMはiOS 14以降のデバイス利用者からのイベントの測定を可能にするプロトコルです。
元々はWebのみに対応していましたが、これを拡張しアプリに適応させたソリューションが「App AEM」です。アプリのトラッキングをオプトアウトした人のアプリイベントの測定を可能にしました。
「App AEM」による処理には、広告を測定または配信する前に、識別情報の削除、差分プライバシーの追加、利用者全体でのデータの集計などのプライバシー保護措置が含まれます。ほぼリアルタイムでレポートが行われるため、広告戦略をより素早く展開できるようになります。
SKANの場合、基本的に1人のユーザーに対して1回しかポストバックを行わないという制限があり、複数回の課金や同じイベントが複数回発生する場合の正確な計測が困難でした。「App AEM」を使用することで、1人のユーザーに対して複数回のアプリ内イベントの計測が可能となる仕組みが整いつつあります。ユーザーの行動をより詳細に追跡し、分析できるようになるでしょう。
また、先ほどATTの影響でキャンペーン作成数が9つになったと説明しましたが、「App AEM」によりキャンペーンの作成数を18にまで増やすことが可能になりました。
――実運用をされる立場から見て、「App AEM の提供によって実際に具体的にここが変わった」という部分はありますか?
亀井:AEMによるアトリビューションを活用することで、リアルタイムでのデータ観測が可能となりました。クリエイティブ単位での精査やキャンペーンの比較検証などがより円滑に行えるようになり、PDCAサイクルのスピードが大幅に改善されたと実感しています。また、iOS環境においてアプリイベントの計測が欠損なく行えるようになったことも大きな変化でしょう。より精度の高い状態で最適化を行うことができています。それに伴い、広告主様への提案の幅も広がっていると感じています。
ROASやLTVの改善にも効く「ASC for App」
ヤン:続いて紹介したいのが「ASC for App」です。こちらは「ASC(Advantage+ショッピングキャンペーン)」をアプリに適用したソリューションです。
ASCは、主にECのWebサイトを運営する広告主様向けに開発した自動化ソリューションです。従来は個別に対応する必要があった広告配信設定を、AIの活用で自動化できます。先述のAEMがアプリにも対応可能になったことで、ASCはアプリマーケティングにおいても重要な役割を果たすようになりました。
「ASC for App」を活用すると、ATTの影響で難しくなったリターゲティングができるほか、ディープリンクなどの技術と組み合わせることで、既存ユーザーにも効果的に広告を配信することが可能になります。単にアプリのインストール数を増やすという表層的な目標だけでなく、より深くROASやLTVの計測・最適化にも取り組めるようになりました。
亀井:ASCをアプリ配信で活用する際にはMetaピクセルをMMP(モバイル計測パートナー)に設定し、コンバージョンAPIと組み合わせて利用することで、MMP上におけるコンバージョン計測も精度高く可能となりました。弊社では「ASC for APP」の活用により、約30%のCPAが改善が見られたなど、改善事例も複数生まれています。
さらに、アプリ配信以外の用途においても効果が見られています。特にゲーミング関連の広告主様においては、リリース前の事前登録のキャンペーンにASCを利用することで、事前登録単価が20%程度改善したという事例も生まれており、ASCの活用の幅の広さを実感しています。
既定路線は通用せず正解がない今、必要な視点とは
――様々なソリューションの登場で、アプリマーケティングの可能性が広がっています。今後、マーケターが気をつけるべきポイントは何でしょうか?
藪下:ATT環境下に対応するために、新しいソリューションが次々と登場しています。そのような中でどのような手法が最も正確に成果判定することができるのかといった議論は必要不可欠です。様々な視点が増えていくことで、単一のデータソースに頼らず、複数のデータソースを加味した成果判断が重要になってくると考えています。
ヤン:Androidの配信実績をベースにiOSの配信のPDCAを回すという方法も見られますが、そもそもiOSとAndroidのユーザー特性には違いがあり、ユーザーの行動パターンも大きく異なっています。このような状況下で、iOSのデータが取得できないからといって、単純にAndroidの係数を用いて配信を行うことはリスクがあると考えます。海外の事例を見ても、このiOSとAndroidの差異に対する対応の速さが、マーケティングの成功を左右する重要な要因になっているという印象を受けます。
藪下:現在は、正解がない世界に突入しつつあります。「これまでうまく回ってきたから」だけでは、もはや通用しなくなってきているのではないでしょうか。
今後もマーケティング全体の観点からサポートしていく
――変化が激しく、これまでのやり方が通用しなくなる時代、今後の展望をお聞かせください。
ヤン:大きなアプリ市場を有する日本の広告主様からご要望をヒアリングしながら、多様な視点を融合しプロダクト開発に組み込めるよう取り組んでまいります。また、CyberZ様をはじめアプリに関する知見が豊富な企業様とは「KAIZEN for APP」などの取り組みを通じて、今後も密に連携していきたいと考えています。
亀井:今後もMeta様からさらに多くの新しいソリューションが展開されることが予想されます。また、既にローンチ済みのソリューションにおいても、何がベストプラクティスであるか、まだ不明確な部分が多々あると感じています。だからこそ、一つひとつのケースを丁寧に検証し、Meta様や広告主様と綿密に協議を重ねていくことが重要だと考えます。
Meta様と「KAIZEN for APP」において密接な連携を取れるという強みを活かしつつ、引き続き広告主様のサポートに尽力したいと思います。
藪下:広告環境が大きく変化しつつある中、高いパフォーマンスを出すことはもちろん、適切なKPIの設定方法や、最適な広告予算の投下方法など、マーケティング全体の観点から広告主様をサポートしていきたいと考えています。