リサーチには公正な客観性と高い視座が求められる
━━その合意に向かう中で、どんなリサーチをするべきかが見えてくるわけですね。
そうです。この時、経営層や事業部の言葉をしっかり翻訳することも大切ですね。
たとえば「この新商品が“イケそうかどうか”リサーチしてください」という相談が来たとします。
「“イケる”の判断基準はどのあたりなのか」「金額でxx円売り上げを超えたいのか、シェアで1位になりたいのか、販売してからどのくらいの期間で達成しなければならないのか」など、抽象的な表現の一つひとつの認識を数値化して共有できていれば、リサーチ結果を読み込む際にすれ違いやブレを生まずに済みます。ゴールが変われば手段も変わるため、このすり合わせはとても大切な準備です。
━━先ほども経営層との話があり、また企業カルチャーの話もありました。組織の雰囲気や共通意識も、リサーチの精度に影響を与えるようですね。企業がリサーチと向き合う上で意識すべきことは何でしょうか。
客観性と高い視座を持つことだと思います。社内の新製品開発チームが頑張っていると、応援したい気持ちが生まれますよね。そこまでは良いのですが、「良い結果が出れば早く進めることができる、いい結果が出て欲しい!」という開発チームの思いを全員が共有しすぎると客観性を見失うことがあります。リサーチに向き合う時だけは、思い込みを外してしっかり結果を読み込み、ポテンシャルとリスクを客観的かつ俯瞰的に議論すること。事前に客観的予測が立っていれば結果的に市場導入後の成功確率が高まるので、それを信じて、急がず、慎重に向き合うことが重要です。
P&Gでは、リサーチの結果によって計画を延期したりストップさせたりすることがよくありました。スケジュールを半年遅らせてでもリスクと考えられる要素を改良・改善してから世の中に出した方が売れると判断すれば半年遅らせるし、このハードルはそう簡単に超えられそうにないのでリソースを別に割いた方がトータルビジネス的に最適であると判断すれば計画のストップも決める。多くのリソースを使って「やっぱり売れなかった…」となるくらいなら、その前にしっかり議論をした方が良いという考え方でした。
逆に言うと、P&Gでは「CMKが大丈夫と言うからには大丈夫なんだろうな」というプレッシャーもありました。とはいえ、リサーチにも限界はあり、どんなことが起こりそうかを確率論で予測することはできても、100%正解を断言できるものではありません。P&Gでは、CMKの人間も経営層も他部門の関係者も、リサーチのできること・できないことを理解した上で、リサーチ結果が予測する可能性とリスクをなんとか読み解こうという思いが一致していました。当時はそうした共通認識の基で「CMKがそう読み解くならその予測を信じる」と言われる存在になれていたと思います。
日本でリサーチの楽しさ、創造性を開花させたい
━━最後に、米田さんがこれから挑戦したいことをお聞かせください。
P&GのCMKに在籍していた時、欧州で開催されたリサーチのカンファレンスに行ったことがあります。リサーチカンファレンスだったのですが、登壇者はリサーチ手法の話以前に、大変熱心にクライアントのビジネスについて話をしていました。どんなクライアントのどんなビジネス課題に対してどんなリサーチからどんな解決策を導き、ビジネス伸長にどう貢献したのか。そんなリサーチャーの方々が本当に格好良くて美しくてクリエイティブで、キラキラしていたんです。私はそれにとても魅了され、夢をもらいました。
あれから何年も経ちましたが、日本のリサーチはまだその域にたどり着いていないように感じています。本来ならもっと楽しくクリエイティブな仕事であるはずで、ビジネスを左右することもできるはずなのですが、リサーチに対してそのような認識はあまり浸透していないように思います。
私はリサーチの可能性を信じていますし、リサーチはクリエイティブな業務であるということをもっと訴求していきたいと思っています。そうなれば日本のビジネス全体もさらに楽しくなるはずです。そんな未来に向けて貢献したいですし、この記事をきっかけにリサーチに従事する人の喜びや楽しみが増えればとても嬉しいです。
もし、今リサーチの仕事が形骸化していて楽しくないと思っている方がいれば、本当に小さなことから始めてみてください。見せ方を工夫する、リサーチを使っている人にもっと活用してもらうにはどうすればい良いか考える。新しいやり方にトライしてみる。そんなトライアルを積み重ね、成功体験を積んでいけば、必ず成果につながるリサーチがデザインできるようになっていくと思います。