現代の消費者にフィットした、スマートなメッセージング
田中:キリンビールは「一番搾り」という強固なブランドもお持ちです。ですが、世の中のロングセラーブランドの多くはユーザーの高齢化という課題に直面します。「晴れ風」の開発意図を勝手に推測すると、キリンビールとしては若年層向けの新製品を出したいという狙いがあったのではないかと見ています。若年層のビール離れは昔から言われていますが、今回、若い世代の消費行動も相当研究されたのでしょうか?
山形:そうですね、特に「ビールを飲まない若年層消費者」は意識していました。ただ、現代の若者は「あなた向けです」と言われたものを欲しいと思うのだろうか、という考えも巡ります。自分のことを他人に決められるということ自体が、今っぽくないのではないでしょうか。
田中:おっしゃることはよくわかります。従来のような年齢によるセグメンテーションの有効性が薄れてきたようにも感じており、マス時代のセグメンテーションの在り方を変えなければいけないことは確かだと思います。
山形:ええ、自分が欲しい情報を能動的に取りに行く時代に、ブランド側が伝えたい情報は選別され落ちてしまう可能性が高いです。現代の消費者に対し、どの程度ブランド側からの情報伝達が可能なのか、という根本から考えるべきだと思っています。
田中:実際、晴れ風のメッセージングは「こんな味で美味しいんだよ」というハードセルのスタイルではないように見えます。あるいは、「こういう生活を送っている人にぴったり」というようなライフスタイルアプローチでもありませんでした。「こんな新製品が出たから、よかったらチョイスしてね」というスマートなメッセージングのフィット感を、晴れ風のコミュニケーションの中でしきりに感じるのです。
山形:ありがとうございます。お客様が欲しいと思うもの、いいと思うものは何なのか――これに徹底的に向き合うことができるか否かは、キリンビールという会社の今後のありようにも関わる事柄です。つまりは、会社のカルチャーとして“顧客志向”をどこまで貫けるか、という課題に繋がってくるでしょう。
役員が自ら現場に。だから実現した「顧客志向」でのブランド作り
田中:今回、晴れ風のプロジェクトには、山形さんが自ら現場に入られたと聞きました。これによる組織的なメリットは、どのようなものでしょうか。
山形:プロジェクトを推進する際に社内でかかる調整コストは、単に労力や時間が搾取されてしまうということではなく、そのプロセスでお客様に届けたい大事な要素が抜けていくことに問題の本質があると考えています。

「本当によいものをお客様に届けよう」と意気込んでいたけれど、最初は100だったはずのものが最終的には70になってしまった……といったことは、調整コストのかかる企業ではあるあるでしょう。書類に残せるもの・書類に残しても通せるものだけが残り、本当に大切なソフトな部分が抜け落ちていってしまう。これは、キリンに限らず、私のこれまでの経験で学んできたことです。
そこで、晴れ風のプロジェクトでは、現場にできるだけ裁量権をもたせ、柔軟かつ迅速な意思決定ができるよう、私とブランドマネージャーが現場に入りました。これにより、顧客志向を貫ける度合いが、大きく変わったと思います。
田中:山形さんの言う現場には、流通の売り場や営業の場なども含まれますか?
山形:もちろんです。ユーザーリサーチも、代理店とのミーティングにも入ります。やはり、お客様に近いところで「Consumer is Boss」を実践できている瞬間は、純粋に楽しいですね。
何より、今回の晴れ風のヒットにより、社内のムードが少し変わってきました。顧客志向を貫くカルチャーやこの成功方法を、キリンビールの新しいスタンダードにしていきたい。そのためにも、経営にいる私が旗振り役をすることには、大きな意味があると思っています。
田中:なるほど。山形さんは、キリンに入られる前はP&Gでマーケティングをされていました。やはり、「Consumer is Boss」の考え方は、教訓として刻まれていますか?

山形:そうですね。P&G式のメソッドを学んだというよりは、「顧客のほうを向いて仕事をすること」をP&Gで学びました。Consumer is Bossは、私のビジネススタイル・哲学の基本であり、いつも背骨として入っている感じがあります。
何か迷った時、行き詰っている時に考えるのは、「顧客のこと」です。今のビジネスを成長させたい時も、突き詰めて考えた先には、やはり顧客がいます。マーケティングには、人それぞれで信念があってよいと思いますが、私の場合は「Consumer is Boss」が軸になっています。
